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VOL26 : 女性労働としての子育て支援

人間福祉学科 准教授 松木 洋人

1.子育て支援の理念と現実
  1990年代以降、日本社会で少子化が社会問題になったことを背景にして、「子育ては家族の責任」という考え方が問い直され、社会が子育てを支援することの重要性が理解されるようになりました。そして2015年度から子ども・子育て支援新制度が導入されたことに象徴されるように、現在、多様な子育て支援サービスが実際に提供されています。
  とはいえ、家族が子育てに責任を持つことを前提につくられてきた日本社会の仕組みや「子育ては家族の責任」という考え方が簡単に変わるわけではありません。このため、子育て支援が実践される現場には、様々な問題や試行錯誤があります。私の研究の目的は、フィールドワークにもとづいて、子育て支援に関わる人々がどのような問題を経験しているのか、どのような試行錯誤によってその問題が乗り越えられるのかを明らかにすることです。


2.低賃金の女性労働としての子育て支援
  現在、日本の子育て支援が抱えている問題の1つは、女性の低賃金労働に依存しているということです。たとえば、子育て支援の場が広がるのに伴って、人材の確保が必要になるため、研修を修了した者を「子育て支援員」に認定する仕組みが2015年度から創設されています。そして、この仕組みが構想されたときに、その主な対象として想定されていたのが「育児経験豊かな主婦」であったように、子育て支援の担い手の大半は女性です。特に2000年代以降、地域子育て支援に関わる活動や事業が盛んになったことは、子育て支援に携わるという生き方を、女性のライフコース上の選択肢としてより可視化することになりました。
  しかし、この選択肢が、女性にとってもつ意味は両義的なものです。なぜなら、子育て支援に関わることは、自己実現や社会貢献のための重要な機会になりうる一方で、特に親子の居場所づくりを目的とする子育てひろばの運営など、地域で子育て支援事業を担うNPOスタッフが得られる報酬は経済的自立を可能にするにはほど遠いものだからです。
  私も参加していた生協総合研究所の主宰による「子育て期女性のエンパワメント研究会」が実施した「子育て支援者の活動形態や働き方に関する調査」によると1、NPOなどの非営利組織で子育て支援に携わる人々が、子育て支援活動から得ている年間の収入は、回答者の約85%が130万円に届いておらず、200万円以上の収入を得ている者は約8%に過ぎません。回答者の半数近くが週20時間以上の時間を所属団体での活動に費やしており、週30時間以上活動している人が約20%、週40時間以上活動している人も11.5%いることを考えれば、経済的報酬に不満を持つ支援者が現われるのも無理はないでしょう。実際、表1に示されているように、自分が受け取っている経済的報酬が活動の内容に見合っていると考える回答者も約50%はいるものの、内容に見合っていないと考える回答者が約45%の割合で存在します。また、今後の活動時間と経済的報酬についての意向を比較してみても、活動時間はこのままでよいと考える回答者が多いのに比べて、経済的報酬はもっと増やしたいという意向を持つ回答者が多いことがわかります(表2)。

表1 子育て支援者の経済的報酬についての捉え方
  自分が受け取っている経済的報酬は活動に見合っている
そう思う 14.4%
どちらかといえばそう思う 40.3%
どちらかといえばそう思わない 29.9%
そう思わない 15.5%

表2 子育て支援者の今後の活動時間と経済的報酬についての意向
  活動時間 経済的報酬
増やしたい 8.7% 25.7%
少し増やしたい 20.6% 34.6%
現在のままでよい 61.5% 37.0%
少し減らしたい 6.8% 1.1%
減らしたい 2.4% 0.7%


3.子育て支援労働における再配分と承認
  労働としての子育て支援が置かれているこのような状況は、アメリカの政治哲学者であるナンシー・フレイザーによる「再配分/承認のジレンマ」というアイデアを援用することによって、整理することができると思います。フレイザーは、ジェンダーに関わる不公正の解決には、政治経済的な再構造化(=再配分)と、文化的な変革によって侮蔑されてきた価値の積極的な評価(=承認)との両方が必要になると述べる一方で、「再配分の論理はジェンダーによる区別それ自体を廃止しようとするのに対して、承認の論理はジェンダーの特性に価値を見い出そうとする」ために(Fraser, 1997=2003: 32)、同時に二つを追求することが難しいと指摘しています。
  子育て支援についていえば、それに携わることは、地域社会におけるネットワークの構築や子育てというケアへの関わりなどを通じて、しばしば女性が社会的承認を得る機会になります。しかし同時に、子育てが一段落した女性が、地域で子育てを支援する側に回ろうとすることは、子育てやその支援への社会的評価が低いゆえに、経済的自立から遠ざかることにしばしばつながってしまいます。言い換えると、子育て支援労働は、再配分と承認の両者を達成している状態、つまり、図1の第1象限に位置づけられることが難しく、NPOなどにおける子育て支援は、承認は達成されても経済的にはマージナル化されている状態、第2象限に位置づけられやすいということになります。
図1 子育て支援労働における再配分と承認
  とはいえ、個別の子育て支援労働の事例を検討すると、再配分と承認がどの程度達成されているのかいないのか、また、第1象限に向かう志向がどれくらいあるのかには、それなりのヴァリエーションがあるようです。現在は、厳しい状況のなかでも、様々な工夫によって第1象限に近づこうとしている組織の事例に注目することによって、非営利組織において子育て支援に携わる女性が経済的自立を達成するうえでの障壁やそれを可能にする条件を探り出すことに取り組んでいます。
  現在、子育て支援の必要性は盛んに主張されるようになり、子育て支援の担い手として、地域社会の女性に寄せられる期待は高まっています。しかし、日本社会が「子育てを助け合う社会」に転換するうえでは、彼女たちによる子育て支援という営みの価値が適切に評価され、その評価にみあった経済的報酬につながることも不可欠なはずです。今後も、様々な研究を通じて、そのような社会を実現するためのアイデアを提供していきたいと考えています。


1 2012年11月から2013年3月にかけて、子育て支援活動に携わるNPO、生活協同組合、市民団体で活動するスタッフ、ボランティアの方々にスノーボール方式で調査票を配布し、601票の有効回答を得ました。なお、有効回答の97.5%が女性によるものです。

(2017.04.04)

参考文献
Fraser, Nancy, 1997, Justice Interruptus: Critical Reflections on the Post-Socialist Condition, Routledge.(=2003, 仲正昌樹監訳『中断された正義――「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的考察』御茶の水書房)
松木洋人, 2011, 「ワーカーズ・コレクティブによる「育児の社会化」の経験分析に向けて――主婦アイデンティティと経済的自立の関係をめぐって」『生協総研レポート』66:25-31.
松木洋人, 2015, 「われわれは本当に子育て支援を必要としているのか?」『月刊 We learn』 741:6-9.

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