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VOL15 :精神障がい当事者の病い・障がい体験の意義や効用について

人間福祉学科・総合福祉科学 助教 清水 由香

★はじめに
  皆さま、こんにちは。人間福祉学科・総合福祉科学 助教 清水由香です。

 最近の私の研究テーマのキーワードは、メンタルヘルスと福祉教育、障がい体験の語り、精神科病院長期入院者の地域移行支援、精神障がい者にかかわるホームヘルプサービスやアウトリーチサービスに関すること、などです。
 ここでは、障がい体験の語りをめぐっていくつかトピックスをご紹介いたします。


★精神障がいのある人は、苦労の体験を一人抱え込みやすい
  話題が変わって、若い頃から精神疾患を患い、様々な病気の苦労、それに由来して周囲の人々との関係での困難や差別や偏見への怖れ、自尊感情の低下、就学、就労の不利など多種多様な生活上の困難を経験している人がいます。その方たちの多くは、悶々と一人で病気や日常生活上の苦労、あるいは苦悩の原因が精神疾患に由来していることに気づかないまま悩みを抱え込みやすいのです。誰からも非難されず、安心して体験を語ることができる人、あるいは理解や共感しながら聞いてくれる人やそのような場や機会がとても限られています。精神障がいのある当事者の方々の体験を色々と私がこれまでうかがってきたり、体験談の綴りのなかから感じるのは、精神科医療機関の現場においても、ゆったりと自らの体験を語ることができるという機会は少ないし、身近な親子関係であっても、当事者にとっては理解してもらえないもどかしさや、様々な負の感情が生じて感じて、安心して語ることが難しいこともあります。また、精神科疾患の症状の種類や程度、病状の病期(急性期か慢性期か)によっては、自らの体験をまとめて語るという作業自体が困難なこともあります。
図 「精神疾患をめぐる病い・障がい体験の語りの意義や波及効果」


★病い・障がい体験の語りの意義や波及効果
  精神疾患の体験を語ることは、多義性をもち、その持ち味や長所はあらゆる場面に活かされていきます。それをまとめたのが図「精神疾患をめぐる病い・障がい体験の語りの意義や波及効果」です。周辺に配置した4つのサークル以外にも、ナラティブ(語り)・セラピーなど心理療法として、あるいはソーシャルワークにおけるナラティブ・アプローチなどありますが、ここでは省いています。それぞれのサークルの内容について解説していきたいところですが、それぞれが短く解説できるような内容におさまりきらないので、ここでは、図の黄緑色に示したサークルの「一般市民・支援専門職者」に関する内容について、若干、説明いたします。


★精神障がい当事者の体験の語りを聞いた人々の反応
  一般市民や子どもたちは、精神科疾患・精神障がいのある人について、マスメディアや大人たちの態度の影響をうけて、正しい理解をする機会をもたないないままになっている現状があります。「正しい理解」という言い方については、私自身はあまり相応しい表現とは思っていないのですが、とりあえずここでは「正しい理解」としておきます。
 そこで、教育機会や情報提供の機会が必要になります。では、どのような手段、手法、情報内容が必要でしょうか。医学は進歩してきており、医学、精神保健の知識や情報は教育や啓発において重要なものです。しかしそれだけでは、正しい理解とは言い切れません。一人の固有の人間として、社会のなかで、他者との関係のなかで、そして現代という時代で生きる人として、病気や障がいと共にある私自身をどのように感じ、周囲の人々に対して何を思い、どのような生き方をされているのか、という病い・障がいのある本人の語りを通して、聞き手が得るものはどのようなことでしょうか。
 様々な語りの効果を測る調査方法がありますが、ここでは、在宅の障がい者・高齢者の生活支援に携わるホームヘルパーの方々への研修として実施した精神障がい者の語りを聞いた反応を調査した結果の一部をご紹介します。
 調査対象者は、精神障がい者のサービス提供経験のある人10人、ない人の両者26人のホームヘルパー計36人です。
 語りの主な構成は以下の通りです。
(1)精神障がい当事者 Aさんの語り(50代 女性) 語り部コーディネーターによるインタビュー形式により、精神科病院で受けた処遇のこと〜現在、ホームヘルパーを利用している生活について(10分)
(2)精神障がい当事者 Bさんの語り(40代 男性)小学生時代にいじめにあったこと〜高校前後の生活の様子、精神科受診しはじめた頃〜デイケアや地域の精神保健福祉資源を活用〜現在、ヘルパーを利用している生活について(20分)


★社会的距離の変化によって効果をみる
  精神障がい者との「社会的距離」を測るという概念があります。社会的距離を測るとは、精神障がい者に対して、実際の生活のなかでどのような態度をとるのかをということを、社会生活上の場面設定ごとに、心理・態度を表明することで社会的距離(拒否的、回避的な態度は、距離が遠いとする)をはかろうとするものです。表1に示した項目は、すでに国際比較調査で用いられた社会的距離尺度(半澤 2007)の項目を一部表現を変更して、用いたものです。語りを聞く前と後で同じ項目に回答してもらい、スコアを比較しました。社会的距離尺度全体では、語りを聞いた後の方が平均値が低くなり、距離が近くなったことが示されました。各項目ごとにみると、変化がないものと距離が近くなったものがありました。
  表2は、語りを聞いた感じたことを質問した結果です。「ヘルパー支援が精神障がいのある人々の生活に必要な支援であると理解した」が「とてもそう思う」88.9%で「まあそう思う」を合計して97.2%であった。次いで、「精神障がいのある人は、外見からはわからない、病気や障がいのために様々な苦労をしてきた人であると思った」が「とてもそう思う」72.2%で、「まあそう思う」を合計して97.2%でした。外見や病名だけではわからない生活のしづらさや、これまでの人生の苦労の一面を理解できた、というような感想を、語りを聞いた多くの人が示したことから、病理から精神疾患患者を理解しようとするのではなく、精神疾患・障がいのある生活者としての面から理解されたということが示唆されます。

  以上の研究の成果については、栄セツコ(桃山学院大学 社会学部 准教授)研究代表 文部科学省科学研究費補助金 『精神障害当事者の「語り」の効用に関する研究』平成19 年度〜平成20 年度文部科学省科学研究費補助金(萌芽研究)、平成21年〜 『精神障害当事者の語りの有効性に関する研究』基盤研究(C)のなかでの共同・分担研究成果に基づくものです。
表1 統合失調症のある人との社会的距離 (研修前後の比較)

表2 精神障がいのある本人の話を聞いて感じたこと


(2011.2.24)


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