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VOL14 : リポ蛋白質受容体ファミリーによる生体機能調節

食・健康科学講座 准教授 佐伯 茂

1.はじめに
  高齢化が加速する現代社会において、生活習慣病は万人に起こりうる疾病であり、その抑制は生活科学に課せられた急務の研究課題です。コレステロール代謝の異常に基づく高コレステロール血症は、狭心症、心筋梗塞、閉塞性動脈硬化症、脳血管障害の原因となります。高コレステロール血症の発症には遺伝因子が関与しますが、食習慣の改善によって発症を遅らせる、または進行を抑えることができますが、有効な食習慣を構築するには、コレステロール代謝調節の分子機構を把握することが必要です。
  食事として摂取したコレステロールや、体内で合成されたコレステロールは、血液中で低密度リポ蛋白質(LDL)に結合して体内を循環し、コーテッド・ピットと呼ばれる細胞膜上の窪みに存在するLDL受容体を介して細胞内に取り込まれます。LDL受容体は細胞内のコレステロール量を一定に保つセンサーとして働き、その遺伝子異常は人類で最も頻度の高い遺伝病の一つである家族性高コレステロール血症を引き起こします。このようにリポ蛋白質受容体は、脂質代謝調節の中心を担っていますが、LDL受容体と構造が類似した複数のリポ蛋白質受容体(図1)がクローニングされ、リポ蛋白質受容体が想像以上に多様な生命現象に関与することが明らかにされています。
図1 リポ蛋白質受容体ファミリーの構造


2.リポ蛋白質受容体による生体機能調節
  LDL受容体は、テキサス大学サウスウェスタン医学研究所のGoldstein、Brown両教授により、家族性高コレステロール血症の原因を解明する過程で発見されたリポ蛋白質受容体です。両教授は、コレステロール代謝の分子機構に関する一連の研究成果によりノーベル生理医学賞を1985年に受賞しています。リポ蛋白質には、LDL以外にも比重の異なる複数のものが存在し、それらを構成するアポ蛋白質の種類にも違いがあります。LDL受容体は、アポ蛋白質の中でもアポB、アポEをリガンドとするのに対して、VLDL受容体や、以前に私たちが発見したアポE受容体2はアポEをリガンドとします。これらのことから、VLDL受容体やアポE受容体2は、アポEリポ蛋白質の代謝に関与すると予想しましたが、驚くべきことにこれらの受容体はアルツハイマー病の発症に関わることが示されました。アルツハイマー病患者の老人班アミロイドや神経原繊維にapoEの蓄積が認められ、apoE3 はタウの異常リン酸化を抑制し、apoE4は神経細胞の修復に阻害的に働くと推定されています。これらのことから、脳神経細胞にApoEを供給するこれらのリポ蛋白質受容体とアルツハイマー病との関連性が注目されています。
  VLDL受容体やアポE受容体2は、アポ蛋白質以外にリーリン(reelin)という蛋白質をリガンドとしています。リーリンがこれらの受容体に結合すると、細胞質内ドメインにあるNPxY配列が、細胞内リン酸化カスケードのアダプター蛋白質であるDab1のチロシンリン酸化を誘導し、脳神経細胞の機能を調節すると考えられています。ApoER2やVLDL受容体欠損マウスは、リーリン、Dab1欠損マウスと同様にreelerマウスと同じ表現型を示し、脳神経細胞に異常が見られます。これらのことは、リポ蛋白質受容体が脳神経細胞の発達に関与することを示しています。更に、VLDL受容体は卵黄前駆体(vitellogenin)の卵母細胞への取り込みにも関与し、VLDL受容体を欠損するミュータントのニワトリでは卵を形成することができません。
  LRP5は、発生分化の重要なシグナルを担うWntをリガンドとし、Wnt/β-catenin経路を活性化し、下流に位置するT細胞因子(TCF)の転写活性を活性化します。LRP5欠損マウスでは、耐糖能の低下、高脂血症、骨形成の異常が発症します。このことは、LRP5がWntシグナリング伝達経路を介して、糖尿病、動脈硬化症、骨代謝に関与することを示唆しています。
  最近、私たちはLRP10と命名した新規のリポ蛋白質受容体を発見しました。ヒトLRP10 cDNAは全長5,715塩基からなり、1,905個のアミノ酸をコードし、その分子量が210kDaであること、ゲノムLRP10は染色体11番目に存在し、38個のエキソンから構成され、転写開始点はスタートコドンの上流201bpに位置するグアニンであること、LRP10も他のリポ蛋白質受容体と同様に特徴的な5つの機能ドメインを有することを明らかにしました。さらに、LRP10の発現が脳(特に大脳皮質、海馬、脈絡叢、顆粒層など)で高く(図2)、出産直後から出産20日目にかけて発現量が増加すること(図3)、大脳皮質では神経前駆細胞が存在する脳室帯に存在することを明らかにしました(図4)。これらのことから、LRP10は、脳神経系の発達と遊走に関与していると推察しています。
図2 LRP10の体内分布(上)と脳中の存在部位(下)

図3 LRP10の発達に伴う発現量の変化

図4 LRP10は大脳皮質の脳室帯に存在する
 また、私たちは、LRP10がWnt/β-cateninシグナル伝達経路の下流に位置するTCFの転写活性を阻害することを見出しました。即ち、LRP10とLRP5は、同じリポ蛋白質受容体ファミリーに属すにもかかわらず、Wnt/β-cateninシグナル伝達経路に対して逆の作用を持っています。TCF転写活性を抑制するLRP10の効果は、LRP10遺伝子のリガンド結合ドメインやEGF前駆体相同ドメインを欠損させると消失したことより、この2つの機能ドメインの構造がTCF転写活性の制御に重要であると考えています。TCF転写活性は、細胞質に存在するβ-cateninが核内に移行してTCFと複合体を形成し、TCFが標的遺伝子に結合することで活性化されますが、細胞質β-cateninはglycogen synthase kinase-3β(GSK-3β)によってリン酸化、ユビキチン化されると分解し、核内への移行が抑制されることが知られています。しかし、LRP10は、GSK3βによるβ-cateninのリン酸化やユビキチン化を阻害せず、またβ-cateninの核内への移行も阻害しないことを明らかにしました。従って、LRP10は、核内でのβ-cateninとTCFの複合体形成を阻害する、あるいはTCFと標的遺伝子の結合を阻害することによってTCF転写活性を抑制すると現在のところ考えています。これらの研究から、LRP10は、Wnt/β-cateninシグナル伝達経路を介する糖代謝、脂質代謝,骨代謝のフィードバック機構として機能していると推定しています。


3.おわりに
  現在、リポ蛋白質受容体は、脂質代謝、糖代謝、骨代謝、神経細胞の発達、細胞運動、神経伝達、Long-Term Potentiation、シナプス可塑性、MMPに関与することが明らかとなっています。今後、リポ蛋白質受容体のリガンド分子の詳細な構造解析により、アゴニストやアンタゴニストの探索と分子設計が可能となり、生活習慣病の予防と治療が可能になると期待されます。


(2010.9.21)

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