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VOL11 : ハンドル形電動車いすの利用実態に基づいた基礎研究

長寿社会総合科学講座 助教 西岡 基夫

1.はじめに
  日本が高齢社会をむかえてから十余年になり、2007年からは「超高齢社会:高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)が21%以上」と呼ばれる段階に入りました。このことから国を挙げて「高齢者の生活をサポートすること」がわが国の急務として求められ、昨今話題となっている年金を含め、介護保険など制度上の支援から公共施設のバリアフリー化や福祉機器の技術開発などハードウエアの整備まで、さまざまな視点で高齢者をサポートする取り組みがなされています。
  ハードウエアの整備では、公共建築物を対象に高齢者・障がい者も円滑に建築物を利用できるよう、段差解消や多目的トイレ、エレベータの設置などを義務付けたハートビル法が1994年に制定されました。また、鉄道・バスなどの公共交通機関の円滑利用を目的として、駅や歩道などに点字ブロックの設置・手すりの整備を義務付けた交通バリアフリー法が2000年に施行されました。現在ではこれらの制度をさらに効率的に活用する法律として「バリアフリー新法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)」が2006年より施行されています。
  このように高齢者に配慮した環境整備は着々と進められていますが、まだまだユーザビリティ≒使い勝手を考慮した環境の改善が十分になされているとはいえません。例えば、駅前の歩道にあふれかえる自転車。点字ブロックの上もお構いなしです。別のケースでは、折角設置されたエレベータも非常に分かりにくい位置にあったり、たどり着くのに遠回りさせられたりすることがあります。法律によりハード(機器・環境など)面の整備は進んできましたが、残念ながらソフト(利便性・快適性)面をふまえたハードの提案には至らない場面が多々あるようです。これらソフト面の情報・知見が開発者・設計者・生産者に十分伝わっていないのが現状であり、その重要性・必要性を広く啓蒙・普及させていくことが大切であると考えています。


2.ハンドル形電動車いすについて
写真1:ハンドル形電動車いす
  今日、高齢者の生活を支える様々な用具があります。これらを「福祉用具」といいます。代表的なモノは車いす、杖、手押し車などでしょうか。厳密にいえば眼鏡も福祉用具といえるかも知れません。
  これらの中に「ハンドル形電動車いす」があります(写真1)。「シニアカー」「電動カート」とも呼ばれていて、町の中を移動する手段として広く利用されています。介護保険制度の対称になっていることと、スイッチの操作だけで簡単に動かすできることから、ここ数年間で急速に普及しました。電動車いす安全普及協会の調べによれば、これまでに36万台程度のハンドル形電動車いすが市場に出ており、介護保険が施行された2000年には単年で30万台近くが販売されています。
  急速に普及してきたハンドル形電動車いす(以下ハンドル形車いす)ですが、利用台数に比例するように事故発生数も急増しています。NITE(製品技術評価基盤機構)の報告では、過去五年間にハンドル形車いすを利用中に発生した重大事故は約50件あり、うち20件は残念ながら死傷事故に至っています。しかも、これはあくまで事故として取り扱われた件数です。「重傷」以上の災害が1件あったら、その背後には300件もの小さな事故やヒヤリハットが潜んでいる(ハインリッヒの法則)といわれており、多数のトラブルが日常的に発生しているのではないかと考えられています。特に交通機関や公共施設、商業施設などの公共空間での利用が頻繁に見受けられる昨今の現状(写真2)を踏まえると、ハンドル形車いすの安全かつ快適な利用環境の整備は急務であるといえます。
 
写真2:施設内でのハンドル形車いす利用


3.ハンドル形電動車いすの問題点
  まずハンドル形車いすの安全性について考えるにあたり、どのような基準が設けられているか調べました(図1)。ハンドル形車いすはJIS規格では「電動車いす」という項目で取り扱われており、「自操用ハンドル形車いす」と分類されています。別に「自操用標準形車いす」があります。これは棒状の操作レバー「ジョイスティック」で操作を行うタイプの電動車いすを指します。注目したのはこの2種類の車いすが対象とするユーザも操作方法も異なるのに対し、JIS規格上では「回転に必要な通路幅」以外に利用上の明確な違いが殆ど記載されていなかった点です。確かに機械としてのハンドル形車いすは標準形車いすと同じ基準をクリアすれば問題は無いのかもしれません。しかし、操作方法も操作感覚も異なる2つの車いすに対しては、もっとユーザの利用を想定した規格のあり方も重要になってくるのではないかと考えています。
図1:ハンドル形車いすと標準形車いすの規格
  ハンドル形車いすにおける安全性・快適性への配慮は、大きく3つの視点が重要になると考えられます(図2)。1つは「製品としての対応」です。不具合や製品不良の管理はもちろんのこと、小型化・軽量化・ステアリング性能の向上など機器の改善は重要な役割を果たします。2つめは前述の通り「利用環境の対応」です。近年のバリアフリーに対する取り組みから、利用環境の整備は格段に進歩していますが、ハンドル形車いすの利用を想定した環境整備は整っているとはいえません。また、通路寸法や動線計画などの基準も十分整備されていません。利用環境の未整備はユーザの無理な利用を引き起こし、事故の原因になりかねません。3つめは「ユーザの分かりやすさ、使いやすさへの対応」です。ユーザビリティについてはメーカも十分検討を重ねて開発していますが、ユーザにとって分かりやすいとは何か?使いやすいとはどういう状態かは、我々も十分に把握できていないのが現状です。これら3つの要素がそれぞれ機能して、はじめて「安全・安心・快適」なハンドル形車いすの利用が提供できるのではないかと考えています。
 以上の点を踏まえ、様々な検討項目の中から今回の研究だよりでは研究の初段として、公共施設での利用実態について報告いたします。
図2:ハンドル形電動車いす利用環境への対応
 


4.ハンドル形電動車いす利用への取り組みと現況
  まず、公共施設を運営する側は利用者がハンドル形車いすで施設に来ることを想定しているのか、福祉のまちづくり関連条例又は要綱等(以下、条例等)における公共施設でのハンドル形車いすの使用に配慮した寸法や設備の使用の想定の有無についてアンケート調査を行いました。各都道府県及び政令指定都市の福祉のまちづくり関連条例担当:50部局からの回答の結果(図3)、「ハンドル形車いすの利用を想定している」自治体が全体で8/50自治体(回答全自治体の16%、以下同様)で、「その他」の自治体などを含めるとハンドル形電動車いすの使用を条例等で何らかの想定をしている自治体は全体の22%しかないことがわかりました。さらに、公共施設でのハンドル形車いすの使用に関するして、今後の取り組みについて訊いた結果(図4)では、「行う予定がない」自治体が圧倒的に多い結果となっています。自治体としては「配慮がなされている前例が見られない」「交通車両の様な問題は起こっていない」などが取り組みを予定しない理由としていましたが、利用の実態がある以上、その対応を無視することはできないと考えます。
 
図3:ハンドル形車いす使用想定の有無  

図4:公共施設利用に関する今後の取り組み

 次に実際の公共施設はどのように対応しているのかについて、政令指定都市S市の区役所、社会福祉協議会、病院、図書館、博物館の合計35施設に、その管理者に対してハンドル形車いすの来訪の有無やエレベータ・トイレなどの設備利用における配慮について、アンケート調査を行いました。その結果3割の施設ではすでにハンドル形車いすでの来訪があり(図5)、6割の施設では何らかの形でハンドル形車いすの利用を受け入れようとしていることが明らかになりました(図6)。このことからも行政の受け入れ体制が十分でないことが考えられます。また、受け入れの条件などは施設が独自に設定していることが多く、受け入れに際しての対応基準などを明確化することも急務であるといえます。
 
図5:公共施設へのハンドル形車いす来訪の有無  

図6:施設内へのハンドル形車いす乗り入れの可否

 さらに施設内への乗り入れを認めている又は条件付きで認めている施設に対して、施設内設備、特にエレベータとトイレを例として車いす使用への配慮について訊くと(表1)、エレベータについては「全ての車いすに配慮」している施設が12施設(57%)で、トイレについても「全ての車いすに配慮」している施設が10施設(48%)で最も多いことがわかりました。また、エレベータ及びトイレとも「全ての車いすに配慮」している施設が10施設(48%)あり、受け入れを認めている公共施設の約半数の施設がこれらの設備について、ハンドル形車いすの使用に対応した整備が未だ行われていないことが確認できました。

表1:エレベータとトイレの車いす使用者への配慮の有無
  総計 トイレの配慮
車いすに配慮あり 特に配慮していない 該当する設備が無い
ハンドル形車いすに配慮あり ハンドル形車いすに配慮なし
総計 21
100
10
47.6
5
23.8
4
19
2
9.5
エレベーターの配慮 車いすに配慮あり ハンドル形車いすに配慮あり 12
57.1
10
47.6
2
9.5
0
0
0
0
ハンドル形車いすに配慮なし 3
14.3
0
0
2
9.5
0
0
1
4.8
特に配慮していない 2
9.5
0
0
0
0
2
9.5
0
0
該当する設備が無い 4
19
0
0
1
4.8
2
9.5
1
4.8
注:各欄の上段は施設数、下段は21施設に対する割合(%)


5.現在の研究活動
 以上の様に、受け入れを認めている公共施設でもハンドル形車いす使用に対応した整備は半数に止まり、対応基準も不明確なこと等を踏まえ、室内でハンドル形車いすを利用する際にどれくらいの寸法を確保する必要があるのか、室内空間のどのような場面で操作に困難を感じるのかを実験的に把握する試みを行っています。ハンドル形車いすの室内利用における条件を明らかにすることで、今後の公共施設内のハンドル形車いすの安全かつ機能的な使用の為の空間設計や基準制定に関する基礎資料となることを期待しています。現在は各部屋やエレベータやトイレ等の設備に至るまでに必ず走行する「通路」を対象とし、障害物やコーナー部などを想定したコースで実際にハンドル形車いすの走行実験を行い、年齢差や性差、左右のハンドリングなどでどのような違いが見られるのか、また上手な操作と下手な操作では人間の特性(ハンドリングの安定性や視線・注視位置など)にどのような違いがみられるのかについて、人間工学的アプローチなどを用いて検討を行っているところです(図7・8)。研究成果につきましては、機会がありましたら別途報告させていただきたいと思います。

図7:通路での障害物回避操作の実験

図8:90度通路での回転操作実験と壁面衝突回数結果からみた年齢差の考察(例)


6.おわりに
  本研究は北翔大学人間福祉学部生活福祉学科:石橋達男准教授を中心とした研究プロジェクトであり、石橋先生はじめメンバー方々の多大なるご指導ご協力に深く感謝いたします。また、研究の実施にはこれまで以下の研究助成金も受けました。研究費を援助いただいた各機関に心から感謝いたします。(1)平成18年度 スズキ財団科学技術研究助成(代表者:石橋達男)「高齢者によるハンドル形電動車いす使用時に必要な寸法・空間に関する基礎的研究」、(2)平成18年度 ユニベール財団助成研究(代表:石橋達男)「ハンドル形電動車いすの使用性に関する研究」。


(2009.3.18)

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