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VOL10 : アンチエイジング:線虫を用いて現代養生訓を創る

長寿社会総合科学講座 長寿社会食生活学分野 教授 西川 禎一

1.はじめに
  大腸菌は恒温動物の腸管内に常在しており、そのほとんどは腸管内にとどまる限り無害です。しかしながら、一部の大腸菌は腸管内で悪さをして、下痢を起こします。このような悪玉大腸菌を、行政は病原大腸菌、マスコミは病原性大腸菌と呼んでいますが、学術的には下痢原性大腸菌と言います。私が食中毒細菌を取り扱い始めてから24年が過ぎましたが、現在も下痢原性大腸菌は当研究室の主要な研究テーマの一つとなっています。しかし、感染という事象は菌と宿主である人の相互作用によって表れるのであり、菌だけに目を向けていても分からないことが多いのです。そこで、1999年に食品栄養科学科に赴任したのを機会とし、宿主の栄養状態が感染に及ぼす影響を探りたいと思うようになりました。そして、過去の論文を調べてみたところ、栄養や加齢が宿主の抵抗力に大きな影響を与えることを知り、栄養と同時に加齢を絡めて免疫力の研究をすることにしました。


2.アンチエイジングと高齢社会日本
  世界一の長寿国家であるわが国では、人口に占める高齢者(65歳以上)の割合が急速に増加しています。その結果、2026年ごろには医療費は現在の約2倍の65.6兆円となり、人口の約3割を占める高齢者の医療費が医療費全体の7割近くに達するとの推計もあります。一方、少子高齢化の影響により人口は自然減少に向かうと予想されており、年金も含め大きな経済的負担を少ない生産年齢人口(現在は15-64歳と定義されている)で支えることになると危惧されています。このような事態を回避しながら活力ある社会の維持に必要なマンパワーを確保するために、健康で現役として就労可能な高齢者であることが今後一層強く求められそうです。聖路加国際病院理事長で97歳の今も現役医師として活躍されている日野原重明先生は、「65歳から74歳はヤング・オールド、75歳になって初めて新老人、85歳からが真老人」と言っておられます。わが国の活性を保つためには65歳からを高齢者とする考え方自体を改める必要が生じそうです。
  上記のような未来予測を前にすると、個人の生涯設計も変わらざるを得ません。すなわち、生涯とは言わないにしても、75歳までの現役を目標にして各人が健康管理に留意することが当然となるかもしれません。そのような社会環境では、医療機関も生活習慣病の予防や治療に関与するだけでは不十分であり、より積極的な健康増進であるアンチエイジングの方向で国民を支え、サクセスフルエイジングを可能にする必要があるでしょう。幸いにして、これから老年期を迎えようとする世代は、わが国の経済成長を担ってきたバイタリティーのある世代であり、その経験や知識が長く活用されることは高齢者個人のみならず社会にとっても有益と期待されます。


3.食品とその生理機能調節成分への期待
  図1はQOL(生活の質)を縦軸に、年齢を横軸にとったものです。人は誕生してから成長とともに高いQOLを得ていきますが、その後ときには病気などでQOLが低下します。慢性疾患にかかると医療や福祉制度により支えられながらも上下を繰り返して死にいたることになります。しかし、できることなら疾病に罹患することなく、自然で生理的な老化現象の範囲内でQOLの低下を受け入れながら、天寿を全うして長患いすることなく旅立ちたいのが万人の願いでは無いでしょうか。
図1.QOLから見た人の一生と老化
  私が目指すアンチエイジング・サイエンス(抗加齢科学)は、科学の力で健康寿命の延長を果たすことであり、単なる寿命延長や不老不死を目的とするものではありません(図2)。管理栄養士を養成する学科に所属する当研究室は、抗加齢科学の視点から食品成分に焦点をあて食事を介したアンチエイジングに有用な知見を得ることを研究の主眼としています。
図2. 「The Fountain of Youth」 Lucas Cranach (1472〜1553)
左側には連れて来られた高齢者が見えますが、若さの泉に入って若返り、右側ではダンスや会食そして恋愛を楽しんでいます。人類永遠の願望かもしれませんが、抗加齢科学はこの様な若返りや不老不死を願ったり目指したりするものではありません。
  食品のアンチエイジング効果を検証する上で問題となるのは、どのような実験系を用いるかということです。老化の基礎理論としては、プログラム説、エラー蓄積説、フリーラジカル説、クロスリンキング説など様々な学説が提唱されてきましたが、いまだ不明な点が多く、特定の活性(例えば抗酸化活性)や少数のバイオマーカー(例えば酸化脂質など)の変化のみに基づいてアンチエイジング効果を判断することはできません。寿命の延長はアンチエイジングの最もシンプルな指標と考えられますが、最も汎用される実験動物のマウスでも2年以上の寿命があり、アンチエイジングを短期間に評価するための実験系としては適していません。そこで当研究室では土壌中の自活線虫の一種であるCaenorhabditis elegansに着目しました。


4.線虫を用いた研究
1) 線虫とは
  Caenorhabditis elegans(以後、線虫と呼びます)は,土壌中によく見られる細菌食性線虫の一つで,大腸菌を餌として実験室内で飼育することができます。メッセンジャーRNAの発見でも有名なSydney Brennerは,複雑な多細胞生物の発生・分化・神経などの高次な生命現象を解析するモデル生物として線虫を使用し,精力的な研究を展開しました。2002年のノーベル医学生理学賞は,BrennerとRobert Horvitzおよび John Sulstonがこの虫を材料として行った「器官発生とプログラム細胞死の遺伝的制御」に関する研究功績を称えて贈られたのです。こうして小さな線虫は基礎生物学の花形材料となりました。ヒトとは似ても似つかぬ動物ですが、遺伝子レベルでは60%の相同性を有しており、基本的な生命現象は相似しています。遺伝的に異常のある線虫の遺伝子を、該当する正常ヒト遺伝子で置き換えてやることで線虫の遺伝子治療が可能であり、外見から想像されるよりも代替動物としての有用性は高いのです。線虫の寿命が3週間程度であるため、老化の基礎研究者も線虫を多用していることを知り、筆者はアンチエイジング食品の評価に線虫を利用する試みを企画しました。

2) 一次スクリーニング用実験動物としての線虫の可能性1)
  寿命が短いために、種々の措置が寿命に及ぼす影響を短期間で観察できることが、線虫を利用することの何よりの強みです。また、マウスなどの哺乳動物と異なり動物倫理の上でも制約が少ない上に、線虫を用いて老化の基礎研究が進んだため、老化に関連する遺伝子が数多く同定されており、さらには各遺伝子の機能に変調をきたした変異株も数多く得られています。そのため、線虫をモデルとして寿命延長効果のある物質を探査すれば、その作用機構を探る上でも非常に便利です。また干渉RNA実験などの分子生物学的手法も体系化されています。
  一方、哺乳類に比べて遥に下等であり、実験結果をヒトに外挿するには抵抗が大きいこと、小さいためにハンドリングし難いこと、消化系など栄養学的な情報が不十分であることなどが短所となります。しかしながら、これらを一次スクリーニングに用いることができれば、有効成分のハイスループットな探査が可能になり、哺乳動物による実験を節約できる可能性を秘めていると期待しています。
  これまでにも、線虫を用いて被験物質の寿命延長効果を調べた報告が少数ですが存在します。ビタミンE、tocotrienol、coenzyme Q10、赤ワインに含まれるポリフェノールの一種であるresveratrol、イチョウ葉フラボノイドのtamarixetin、ブルーベリーのポリフェノールなどの有効性が報告されています2)。しかしながら、いずれの実験も、線虫を飼育する寒天中に被験物質を高濃度に溶解して寿命に与える影響を観察していました。いわば、被験物質に浸かっている状態であり、被験物質は体表からの受動的な吸収により体内に移行するようですが、その移行量も不明なままに被験物の有効性についてのみ論じている報告がほとんどでした。食品として経口的に摂取させた実験は一例も無く、我々が食品やサプリメントとして使用する場合に想定される摂取状況とはかけ離れていたのです。

3) 開発した実験系
 私は、任意の量の被験物質を的確に線虫に経口摂取させる方法の開発を目指しました。マウスに対してならばマウスゾンデなどを用いて強制的に経口投与することも可能ですが、体長1mmの線虫には適用できません。そこで、線虫が大腸菌などの細菌を餌とすることに着目しました。特許出願中(特願2006-332851、2007-320214)のため詳細は省きますが、線虫が忌避しない材料を用いてマイクロカプセルを作製し、そこに被験物質を包含あるいは包接させることで細菌と間違えて摂取させる方法の確立に成功しました。マイクロカプセル内に蛍光物質を含ませておき、一定時間後に線虫から回収される蛍光物質量を測定すれば単位時間当たりの摂取量も測定できるし、餌とマイクロカプセルの混合比率を変えたりカプセル内に入れる被験物質の濃度を変えたりすれば摂取量を調節することも可能です。上記の方法を用いて、種々のアンチエイジング候補物質について順次検討を進めていく予定です。


5.食事と長寿の関連を探るモデルとしての線虫の有用性
1) 食中毒菌による感染1,3)
 上述のように、当研究室の目標はアンチエイジングに有効な物質の探索であり、今回開発した技術は任意の物質をサプリメントとして的確に線虫に摂取させるためのものです。しかしながら、本研究を今後進めていくにあたり、食品によるアンチエイジングの達成という目標において線虫が真に適切なモデルであるかどうかを再度検討しておきたいと考えました。そこで、線虫の本来の餌である細菌について、その種類を変えた場合にどのような影響が生ずるか検討してみました。
 線虫の餌として実験室で利用されているのは病原性の無い大腸菌であり、OP50と呼ばれる株を使用するのが一般的です。そこで、OP50の代わりに食中毒細菌を摂取させたところ、調べた14種の食中毒菌のうち12種について有意な寿命の短縮が観察されました(図3)。通常ならば、線虫は細菌を餌として分解消化しますが、食中毒菌の多くはむしろ線虫の腸管内に蓄積あるいは増殖しており、ヒトのみならず線虫に対しても病原性を示しました。現在、動物愛護の観点から、感染実験にも哺乳動物の代わりに線虫を利用しようとする動きがあるのですが1,4)、上述の知見はこれらの報告とも合致しています。

図3. サルモネラ感染後の線虫の生存曲線5)。成虫(3日齢)まで飼育した線虫にサルモネラ(SE)もしくは通常の餌である大腸菌(OP50)を摂取させた。SE摂取群(点線)はOP50摂取群(実線)に比べて早く死滅する。
  一般に、高齢者では免疫力が低下し感染しやすくなります。65歳を過ぎると肺炎による死亡者数が増加し、85歳を過ぎると死因の第一位になるのは、高齢者が誤嚥しやすいことと同時に免疫力の老化を反映したものと考えられています。そこで、食中毒菌に対する線虫の抵抗性が加齢とともに低下するか否か調べました。3日齢(成虫になったばかり)と7日齢(雌雄同体の線虫が受精卵の産卵を終えてしまう頃)の線虫にサルモネラを摂取させたところ、7日齢の線虫は3日齢に比べて急速に死滅しました。したがって、生体防御機能の老化モデルとしても線虫は有用と考えられます(図4)。
図4. サルモネラ摂取5日後の線虫の生存率5)。3日齢あるいは7日齢からサルモネラ(SE)もしくは通常の餌である大腸菌(OP50)を摂取させた。7日齢からSE摂取した線虫の生存率だけが他の3群より有意に低い。
2) 乳酸菌による長寿効果5)
  今から丁度100年前、1908年にノーベル賞を受賞したメチニコフは、乳酸菌が人の長寿に寄与する可能性を論じました。その後、乳酸菌の有益な効果について精力的な研究が進められた結果、プロバイオティクスとして商品化されていきました。整腸作用、高脂血症予防効果、免疫賦活効果など様々な効用について実験報告がなされてきましたが、アンチエイジング効果を明快に示した実験データはこれまでありませんでした。そこで、大腸菌OP50の代わりにBifidobacterium属やLactobacillus属の乳酸菌を摂取させたところ、大腸菌給餌に比べて有意に寿命を延長させることが判明し、乳酸菌の寿命延長効果をin vivoで示した世界で初めての実験例として報告しました(図5)5)。種々の動物を用いた実験により、低栄養などで繁殖開始時期を遅らせると寿命が延長することは一般的な事実として知られています。しかしながら、本研究では成虫に達するまでは通常のOP50を用いて線虫を飼育しており、乳酸菌給餌に切り替えたのは成虫からです。したがって、乳酸菌の効果は、繁殖開始日齢の遅延によるものではありません。
  乳酸菌が寿命延長をもたらしたこと自体も興味ある知見ですが、食品の三次機能としてのアンチエイジング効果を探求する実験系を、線虫を用いて確立することを目標とする当研究室にとっては、食餌内容によって線虫の寿命が明瞭に変化したということにその意義があります。アンチエイジングに栄養学的側面から寄与するための基礎的実験系に、線虫がモデルとして寄与し得る可能性が示されたものと理解されるからです。
図5. 乳酸菌が線虫の寿命に与える影響5)。3日齢から乳酸菌摂取に切り換えた3群は、通常の餌である大腸菌(OP50)を摂取し続けた群(実線)よりも寿命が有意に長い。

3) 乳酸菌による免疫賦活効果5)
  線虫に対する乳酸菌の効果が、死亡時期を遅らせることで寿命を延長させたのか、アンチエイジングの結果としてもたらされた寿命延長なのか明らかではありません。しかしながら、サルモネラ感染に対する線虫の抵抗性に乳酸菌が与える影響を調べたところ以下のような興味ある知見を得ました。成虫になってから乳酸菌給餌に切り替えた群とOP50を給餌し続けた群に、7日齢からサルモネラを摂取させたところ、7日齢まで乳酸菌を摂取していた線虫はOP50を摂取していた群よりもサルモネラに対して強い抵抗性を示し有意に生存率が延長しました(図6)。前述のように、3日齢の線虫は7日齢に比べてサルモネラに抵抗性を示すことから、乳酸菌給餌によるアンチエイジングの結果としてサルモネラに対する防御力の老化が遅延したと考えられますが、エイジングとは関わり無く線虫の生体防御機構を乳酸菌が賦活した可能性も否定できません。乳酸菌はヒトに対しても免疫力賦活効果を有するとの報告が多いことから、線虫が免疫賦活物質を探索するモデルとしても機能する可能性を示唆する興味深い現象と言えます。線虫に対する乳酸菌の有益な作用がどのような機構によるものか、いかなる成分が効果をもたらしているのかなど、現在検討を進めているところです。
図6. ビフィズス菌摂取が線虫のサルモネラ抵抗性に与える影響5)。7日齢まで通常の餌である大腸菌(OP50)を摂取させた群(実線)と、3日齢から7日齢までの4日間にビフィズス菌を摂取させて飼育した2つの群に、7日齢からサルモネラ(SE)を摂取させ続けた。ビフィズス菌摂取群の生存率は大腸菌で飼育されていた群より有意に高い。


6.おわりに
  本研究は、平成18年度(独)科学技術振興機構シーズ発掘試験に採択され実施しました。シーズという名前が示すように、まだまだ改良解明すべき課題も多いのですが大きな可能性を秘めた評価実験系と自負しています。本稿では、アンチエイジングなど生理調整物質の評価系として線虫を紹介しましたが、有害な物質や薬剤の評価にも有効でしょう。これら任意の被験物質を経口投与する手法については既に特許申請済みですが、我々の目標を理解し、ともに有益な食品成分の探査を共同研究しようとする企業に対しては常に研究室の門戸を開いています。本稿をお読みいただき、興味を持たれた方がおられましたら下記までお問い合わせください。

大阪市立大学新産業創生研究センター
産学連携コーディネーター 渡辺敏郎
〒558-8585 大阪市住吉区杉本3-3-138
Tel:06-6605-3468・3469, Fax:06-6605-3552


7.謝 辞
  本研究は、当研究室の卒業生である星野香織、池田高紀、安井智佳子、坂本美由紀、および現在の大学院生である柴村歩美と藤倉由記子の協力を得て実施したものであり、彼らの努力に対し深甚の意を表します。また、研究の実施にあたり、以下の研究助成金も受けました。本研究の意図を理解し研究費を援助いただいた各機関に心から感謝いたします。(1)平成16年度 大阪市立大学大学院生活科学研究科 生活科学研究補助金 「線虫(Caenorhabditis elegans)を用いた老化制御食品探索実験系の構築」、(2)平成18年度 大阪市立大学 新産業創生研究「抗加齢食品成分の探索:線虫をモデルとする実験系の開発」、(3)平成20年度 大阪市立大学大学院生活科学研究科 生活科学研究補助金 「アンチエイジング効果を有する食品成分・ファイトケミカルの探索」。

(2008.12.1)

(参考文献)
1) 西川禎一ら 生活科学研究誌 4 51-74(2005)
2) Collins JJら,Exp Gerontol,41(10)1032-9(2006)
3) Hoshino Kら,Jpn J Food Microbiol,印刷中
4) Schulenburg Hら,Immunol Rev,198 36-58(2004)
5) Ikeda Tら,Appl Environ Microbiol,73(23) 6404-9(2007)

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