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VOL.9 : 多世代交流による共生ケアの創造

臨床心理学 講座 教授 中井 孝章

1.少子高齢化社会の現状と課題
  現在、わが国は出生率の低下により子どもが減少するその一方で、高齢者が増加するといった少子高齢化社会を迎えつつあります。少子高齢化社会は、将来の労働力を確保できない上に、激増する高齢者への扶養や介護で親世代の負担が重くなり、近い将来、社会そのものが機能不全に陥ることが懸念されています。こうした状況を乗り越えるべく、政府は新エンジェルプランや介護保険制度等々さまざまな打開策を講じていますが、残念なことに、世代毎の生活問題への対処療法でしかないため、生活全体からみて文脈を欠いたバラバラのものとなっています。
  したがって、いま求められる少子高齢化社会の打開策とは、「子育て」、「家族」、「高齢者の生活」を相互に関係づけ、トータルな暮らし方の変更をもたらすものではないかと考えられます。そこで、こうした将来の不安を払拭するために、新しい少子高齢化社会のビジョンとそれを裏打ちする社会保障理論を構築するとともに、その具体化として幼老統合ケアに基づく世代間交流プログラムの開発と実践(食事作り、遊び、アニマシオン、回想法など)および新しい生活文化の創造が喫緊の課題となるわけです。


2.社会保障における「人間の三世代モデル」
  1で述べた、幼老統合ケアに基づく世代間交流(多世代交流)を構築するにあたって、千葉大学の広井良典氏が提言した、社会保障における「人間の三世代モデル」が有力な手がかりになります。それは次のように要約できます。
(1) 生物学的視点からみると、「生産」や「生殖(性)」から解放された(一見、他の生物からみて)余分とも見える時期が、「大人」の時期を挟んでその前後に広がっていること、すなわち長い「老人」と「子ども」の時期を持つことが人間の本質であり、それが人間の創造性や文化の源泉と考えられます。
(2) 社会保障とは、自然発生的なコミュニティが経済の発展と産業構造の変化に伴う家族の諸機能の外部化によって解体することに対応して、そうして解体したコミュニティの諸機能を意識的な形で再構築ないし支援しようとする制度(システム)だと定義する場合、現在の社会は子育ておよび家事労働の外部化、老人の身体的扶養の外部化およびそれらの社会化が個人を単位としつつ、市場ベースで進展している社会状況(少子高齢化社会/成熟化社会)にあると言えます。
(3) そうした少子高齢化社会において求められているのは、高齢者ケアのあり方です。その場合、ケアの提供される場所を特定の空間・施設からコミュニティ(地域社会)に移し、コミュニティにおけるケアを行うとともに、コミュニティづくりのためのケア、すなわち「子ども―大人―高齢者」という三世代交流、特に幼老交流から成る「開かれたケア」を行うことへと転換することが必要です。広井氏自身、この最終段階のことを社会保障における「人間の三世代モデル」と呼んでいます。

  以上述べた(1)〜(3)の中で特に注目したいのは、(1)です。(1)については、アメリカの心理学者、C.ホークスが、人類学的視野に立って「おばあさん仮説」というユニークな仮説を提唱しています。それは次のようなものです。子孫を残すことが生物にとって究極の目的だとすると、生殖(繁殖)をすでに停止したにもかかわらず、まだ生きているのは、人間の高齢者(老人)のみです。高等動物のサルも含めて、人間以外の動物の中には高齢者は存在しません。なかでも、おばあさん(女性)は、おじいさん(男性)と比べて数十年も早く生殖機能が停止するにもかかわらず、おじいさん(男性)よりもはるかに寿命が長いのです。生殖機能停止後、最も長く生きるのは、人間のおばあさんだけなのです。ホークスは、「おばあさん仮説」を構築するにあたって、タンザニアの狩採採集生活をする部族の調査から導出したのですが、おばあさんのいる子どもと、おばあさんのいない子どもとでは、圧倒的に前者の方が食料状態をはじめ、生活環境が良いのです。若い男女(夫婦)ともに、毎日、過酷な食糧集めに追われる部族では、おばあさんらに安心して子どもを預けて仕事に集中できる方が生物学的には優位なのは当然のことかも知れません。文明社会的にみても、「おばあさん仮説」は、おばあさんらが子守りやや子育てをはじめ、子どもの全般的な世話を担当することは、若い夫婦にとって仕事や家事の負担になるとともに、社会の一線を退いたおばあさんらにとっても生きがいや自尊心を回復する上で意義のあることだと思います。子育てや子育ての支援こそ、人生経験のある高齢者にうってつけの役割です。近い将来、団塊の世代が社会から引退して高齢者生活(年金生活)に入るわけですから、彼らこそまさに子育てや親世代の子育て支援の予備軍なのです。


3.幼老共生社会の構築
  ところが、私たちはなぜか、「子ども―大人―高齢者」という三世代交流や高齢者による子育てや子育て支援というイメージを抱くことができません。その主な原因は産業社会を推進してきた核家族モデルにあると思います。
  ところで、わが国も含め現代の先進諸国は、血縁から成る最小集団としての核家族を基本単位とする市民社会から成ります。核家族制度は、社会的、情緒的に成熟した男女が、社会が認知した夫婦関係を結び、家庭を作り、子どもを育てるという前提条件のもとに成立するシステムであり、そのシステム内では母親が子どもの養育、父親が生計の責任、社会的価値判断というように、相互補足的に役割が固定されています。
 ただ、核家族の乳幼児は、逃げ場のない空間の中で幼児とのつきあいが初めての、不安の強い(場合によっては感情統制の未成熟な)母親と対象関係を持たざるを得ない状況に置かれているという点で、核家族は基本的に育児不安を抱え込んでいます。核家族にはもともと、育児不安が構造的にビルトインされているわけです。言い換えると、核家族では乳幼児にとって養育環境は、唯一母親もしくはそれに代替するたった一人の保護者との関係によって形成されるわけです。こうした一対一の母子関係においては、乳幼児が大変な情動的な負荷のもとで成長発達することになります。
  つまり、こうした核家族の理念型には高齢者(祖父母)のポジションが完全に切り捨てられているわけです。子どもの人間関係は、そのパーソナリティを形成するスタートから高齢者との関係を絶っているわけです。
  このように、核家族(近代家族)は、夫婦の性愛主義と子ども中心主義によって高齢者(祖父母)をはじめその他の人たちが子育てを支援するシステム(社会構造および社会構成)になってはおらず、子育てはすべて父母、特に母親の役割とされています。
  しかしながら、若い父母は、これからさまざまな社会体験を通して人間としての成熟に向かう途上の存在である上に、仕事から解放されるわずかの時間の中で子どもを十全に育てることは困難です。そうした状況にある父母および家庭を支え、子どもを見守るのは、人生経験の豊かな高齢者の役割です。


4.幼老統合ケアに基づく多世代交流の組織化
  それでは、幼老統合ケアに基づく多世代交流は、どのような時間と空間のスケールにおいて組織化される(あるいは、すでに組織化されている)のでしょうか。いま、その組織化のパターンを空間スケールに沿いつつ、「ミクロ/メゾ/マクロ」という基準でみていきたいと思います。
(1) ミクロの空間スケール
・継続的なもの
[1] 三世代同居家族(準三世代同居家族)における子どもと高齢者(孫世代と祖父母世代)との交流
・一時的なもの
[2] 近隣の子どもと高齢者との交流など
(2) メゾの空間スケール
・継続的なもの
[1] 「宅幼老所」と呼ばれる三世代交流共生住宅、たとえば、学童保育所と老人ホー
ムが合体した複合施設における子どもと高齢者との交流(認知症高齢者や虚弱高齢者が含まれることが多い)[写真1]
・一時的なもの
[2] 駄菓子屋における子どもと高齢者(駄菓子屋のおばさんやおじさん)の交流
[3] 福島県や群馬県などの教育委員会が進めているような、放課後の学校における子ども(学童)と高齢者の学びの交流および交流後一緒に帰宅するという試み
[4] (大学周辺の)地域社会での多世代交流実践:地域の児童民生委員協力のもと、学童保育(いきいき放課後)を活用した高齢者と子どもとの交流実践の実施
交流媒体としては、回想法教材、絵本、紙芝居、昔話、手作り玩具、伝承遊び、もの作り、カルタ作り、料理作り等々[写真2]
 
写真1(左):三世代交流共生住宅での交流場面(高齢者から「かまど」によるご飯炊きを学ぶ子どもたち)
写真2(右):苅田地区での多世代交流実践の様子(手作り玩具で一緒に遊ぶ、子ども・母親・高齢者)

(3) マクロの空間スケール
・継続的なもの
[1] 街づくりのプロセスの中から生成されてきた多世代交流のための居場所(街角の子ども文化・高齢者文化の創造)
(例)大阪市平野区・「おも路地」での多世代交流実践
:街の中に創出された“多種多様な博物館”(紙芝居博物館、幽霊博物館、小さな駄菓子屋さん博物館等々)といった文化的記憶装置を拠点としながら、その街の中心に「おも路地」(=面白い路地)という多世代交流の広場を創出し、日常、そこでさまざまな人たちが交流し合っている平野区の事例[写真3]。
平野の街では、地方の全郊外化(ファスト風土化)に抗して、お寺(全興寺)を幼老交流場所(「おも路地」という愛称の、子どもの居場所)としながら、そこでシニアボランティアによる手作り玩具の指導、ベイゴマなどの伝承遊び、紙芝居、駄菓子屋、昔ながらの紙芝居実演等々が毎週、土・日に実践。平成19年度は、私のゼミ生(大阪市大の学生・院生)もそこに参加するとともに、“出店(音楽活動)”。
[2] 子縁による街づくりおよび多世代交流の実践への参画(※千葉県/平成20年度予定)
 
写真3:平野区「おも路地」での多世代交流実践風景(左)と駄菓子屋(右)
写真4:多世代交流の理論と実践についてまとめたブックレット(平野区の「おも路地」についても満載)
  なお、上記(3)−[1]の実践状況については、中井孝章編、川口良仁・小伊藤亜希子『街づくりと多世代交流―共生ケアシリーズ1―』(大阪公立大学協同出版会)というブックレットに詳しく論述しましたので、ご参照ください[写真4]。特に、その本の第2章では全興寺の名物僧侶、川口良仁さんが平野の街おこしや「おも路地」の意義について楽しく執筆して下さいました。子どものこと、伝承遊び(ベイゴマ)や玩具づくり、街づくりに関心のある方は必見です。
  このように、多世代交流に基づく幼老統合ケアは、高齢者へのケアだけでなく、むしろ子育てや子どもへの教育、養育者(親)の子育て支援としても有効です。前述したように、地方の郊外化により、中心街が軒並みシャッターをおろし街全体が衰退している中で、地域にローコストの幼老統合交流場所をつくり、異年齢の子どもをはじめ多世代の交流実践を行うことは有意義だと思います。こうした試みは、「人間の三世代モデル」でも述べたように、子ども世代−親世代−高齢者世代を1つの共同体として捉えつつ、従来の共同体にビルトインされていたさまざまな機能を意図的に作り上げる社会保障の新たな枠組みとなります。

※補足:多世代交流実践の促進媒体は、大きくモノ系とコト系に分けることができます。モノ系とは、料理づくりやおもちゃづくりをはじめとする、いわゆるモノづくりを、コト系とは、言葉、特に「語り」を媒介とするもので、たとえば、絵本、昔話、紙芝居等のアニマシオン、回想法といったナラティブ・アプローチ(最広義)が挙げられます。玩具づくりについては「現代手づくり玩具館(京都造形活動研究所)」の協力を得ています。

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