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VOL.8 : からだの中の発電所〜ミトコンドリアのATP合成系について

食・健康科学 講座 准教授 市川 直樹

1.はじめに
  栄養学の目的は、生命維持に必要な食べ物の成分を明らかにし、いかに食し、健康を増進するかを考えることでしょう。その目的の達成のためには、体に取り込まれた栄養素がどのように吸収され、利用されているのかを理解する必要があります。私たちは体を動かすのに必要な「エネルギー源になる栄養素」の利用過程(エネルギー代謝)について研究してきました。


2.エネルギーの元になる栄養とは
  一言で栄養と言いますが、栄養素は体の中でどのように役にたっているのでしょうか。栄養素の役割は大別して次の3つに分けることができます。

(1)人体の構成成分となる栄養素
  タンパク質は体に取り込まれた後、筋肉や皮膚、臓器などになります。また、カルシウムなどのミネラルは骨を作ります。自動車に例えれば、ボディーやエンジンを作る鉄やプラスチックに相当するものです。このように、吸収された後、体の一部になるような栄養素がここに分類されます。

(2)エネルギー源になる栄養素
  自動車に例えれば、ガソリンに相当するもので、エネルギー源として日々の活動に利用されます。糖類(炭水化物)や脂肪がこれに含まれます。糖類や脂肪は、体の中で、呼吸により吸収した酸素(O2)で酸化され、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)に分解されます。その時、放出されるエネルギーが身体の活動に利用されます。糖分や脂肪の他、タンパク質もエネルギー源として使われることがあります。標準的な食事では、ご飯、パンなど(主に糖類)として摂取しています。

(3)からだの中で起こる種々の化学反応に利用される栄養素
  3番目の栄養素は体の中の化学反応に使われるものです。ビタミンやミネラルがこれにあたります。上にあげた、タンパク質、糖質、脂肪などの栄養素は、体に吸収された後、そのまま利用されることはほとんどなく、たいていの場合、化学反応を受けて代謝されます。たとえば、糖質や脂肪は連続した一連の化学反応(解糖系やTCA回路)を経て、二酸化炭素と水に分解されます。化学反応自体を行うのは酵素と呼ばれるタンパク質ですが、酵素の働きを円滑に行うためにはビタミンやミネラルが必要です(酵素を助ける役割をするので、これを補酵素と呼びます)。これを栄養素として食べ物から取る必要があるのです。
図1. ひとの栄養素とその役割
  これら、3種類の栄養素ですが、一日に取らなければならない量は、大きく異なります。たとえば、体を作る栄養素の代表であるタンパク質の一日の所要量は、60〜70グラムですが、ビタミン類は、一日に数ミリグラムから数十ミリグラムあれば足ります(1ミリグラムは1グラムの1000分の1)。

  これに対して、エネルギー源になる栄養素は、成人女子で約2000キロカロリー必要です。これは澱粉に直せば約500グラムに相当し、他の栄養素に比べればかなりたくさんとらなければならないことがわかります。エネルギー源になる食べものは「主食」とも呼ばれるように、最も大切な栄養素なのです。ちなみにこれらエネルギーになる栄養素の栄養価には、カロリー(cal)というエネルギーの単位を用います。


3.栄養素から摂取したエネルギーはATPに変換された後、使われる
  では、このようにして摂取されたエネルギーは体の中でどのように利用されるのでしょうか。私たちの体に取り込まれた糖や脂肪は、呼気の酸素(O2)で酸化され、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)に分解されます。この時、放出されるエネルギーを使って人間は活動しています。しかしながら、この酸化によるエネルギーを人体はそのままでは利用することができません。まず、酸化によって取り出されたエネルギーはATP(正式名はアデノシン-3-リン酸)という化合物に蓄えられます。すなわち、酸化のエネルギーを使って、まずATPが作られるのです。
図2. 栄養素から摂取したエネルギーはATPに変換された後、使われる(ATP回路)
  ATPは分解して、ADP(正式名はアデノシン-2-リン酸)とリン酸になりますが、この時、蓄えられたエネルギーが放出されて身体の活動に使われます。すなわち、運動や思考、体を作る各種の合成反応などに利用されるのです。ATPの分解により生じたADPとリン酸は再び酸化のエネルギーでATPに再生されます。以上のATPの合成、分解の関係を図にまとめると上のように回路になります。この回路図は、ATP回路と呼ばれています。体の中では毎日いろいろな化学反応(代謝)が起こってますが、そのうち、ATPの合成、使用に関わる代謝を特に「エネルギー代謝」と呼んでいます。


4.ATPは細胞のミトコンドリアで作られている
  人の体では、ATPの大部分は、細胞にあるミトコンドリアという小器官で作られています。ミトコンドリアは細胞の中にあるとても小さな器官で、外膜、内膜という二枚の膜に包まれた構造をしています。糖質や脂肪の酸化が起こるのは、マトリックスという、一番内側の部分です(下図)。その酸化のエネルギーを受けてATPを作るのは、内膜にあるATP合成酵素です。
図4. 蛍光顕微鏡で観察したミトコンドリア
図3. ミトコンドリアの模式図  
  私たちは、ミトコンドリアでATPのできる仕組みを遺伝子工学的な方法で調べています。ATP合成酵素の一部を遺伝子組換えによって改変し、その性質の変化から、元の酵素のもつ機能を明らかにしようとしています。

  ミトコンドリアはよく火力発電所に例えられますが、ATP合成酵素がATPをつくる仕組みは、どちらかといえば、水の流れのエネルギーで電気を起こす、水力発電に近い仕組みであることがわかってきました。この水力発電のタービンに相当するのがATP合成酵素ですが、この酵素には、タービンの逆回転を防止するブレーキにのような部分のあることがわかりました。遺伝子操作をもちいた実験から、このブレーキは、摂取した糖質や脂肪のエネルギーが無駄なく効率よくATPに変えられるための仕組み(エネルギーになる糖や脂肪を節約するための仕組み)であると考えています。
図5. ATP合成酵素の模式図

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