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VOL.5 : OLETFラットを用いた2型糖尿病発症メカニズムの解析

食・健康科学講座 助手 荻布智恵

糖尿病とは?
  糖尿病は、古代エジプトの書物に記されているほど古くから知られた病気であり、古代日本においても栄華を極めた藤原道長が煩った病気として有名です。糖尿病になる人は、日本においてほんの数十年前までそれほど多くなく、美酒美食に明け暮れ、運動をろくにしない道長のような生活をしている人に多くみられました。ところが、現代では食生活が豊かになり、電化製品や自動車の普及が進んだことなどから、藤原道長並みの生活をする人が一般的になっています。厚生労働省の平成14年度糖尿病実態調査によると、我が国の糖尿病の罹患者は約740万人、潜在的に糖尿病を疑われる人を含めると約1,620万人と報告されており、近年、その患者数の増加が懸念されています。
  糖尿病の原因は、膵臓のランゲルハンス島にあるβ細胞から分泌されるインスリンというホルモンと深く関与しています。この事実が明らかにされたのは僅か100年ほど前のことです。インスリンは、血液中のグルコースを細胞内に取り込み、エネルギーとして利用させる働きをする唯一のホルモンです。グルコースは体にとって最も重要なエネルギー源であり、食事から炭水化物を消化吸収することによって、また空腹時は肝臓に蓄えられたグリコーゲンを分解することによって供給されます。体内ではグルコースの利用と供給のバランスを絶えず一定に保つような仕組みが働いています。しかし、分泌されるインスリンの量が少なくなったり、末梢組織でのインスリンの働きが悪くなると、血液中のグルコースが正常に処理されず、血液中のグルコース濃度(血糖値)が上昇します。この血糖値の上昇した状態が糖尿病です。


糖尿病の分類
  糖尿病は大きくわけて1型糖尿病と2型糖尿病に分類されています。1型糖尿病は何らかの原因で膵β細胞が破壊され、インスリンが全く、あるいはほとんど分泌されないため、インスリンの絶対量が不足することによって起こる病気です。そのため、1型糖尿病の場合はインスリンを毎食ごとに注射し、インスリンを体内に補うことが必要です。1型糖尿病の患者は我が国の糖尿病患者全体の約5%程度と言われています。一方、2型糖尿病は、膵β細胞からのインスリンの分泌能は保持されていますが、その分泌量が少なくなったり、また、分泌されたインスリンの末梢組織における作用が不足することにより、インスリンの相対量が不足して起こる病気です。2型糖尿病は糖尿病患者全体の約95%を占めていると言われ、一般的に、生活習慣病という場合は2型糖尿病を指します。冒頭で紹介した藤原道長の例は、この分類では2型糖尿病に当てはまると考えられます。


2型糖尿病発症に関わる要因とは?・・・遺伝素因と環境因子
  2型糖尿病の発症にはいくつもの要因が関与すると考えられており、重要な要因として、生体が持つ遺伝素因の関与と生活習慣などの環境因子の関与が挙げられます。2型糖尿病は家系内集積性があり、また一卵性双生児において高い一致率を示します。このことから、2型糖尿病における遺伝素因の関与は確かであると言えます。しかし、2型糖尿病は単一遺伝子異常による遺伝病とは異なり、1つの遺伝子異常だけで直接発病に結びつくものはまれで、原因遺伝子を広範囲にわたり複数持つと考えられています。つまり、1つひとつの原因遺伝子の作用は弱いのですが、複数の原因遺伝子が相乗的に作用することで2型糖尿病を発現すると考えられています。また、2型糖尿病は遺伝素因にさらに過食、運動不足、ストレスなどの生活習慣(環境因子)が加わると、より悪化します。
  2型糖尿病の遺伝素因には家系差だけではなく、人種差があると考えられています。一般に日本人は欧米人と比較すると小太りが多く、超肥満の数は少ない傾向にあります。また、日本人は欧米人と比較すると、膵臓のインスリン分泌能力が低い傾向にあると言われています。ある程度の肥満になると、生体が必要とするインスリンの量が増え、膵臓に大きな負担がかかりますが、日本人はそうした状態を長期間維持できないため、糖尿病を発症しやすく、それ以上太れないと考えられています。実際に、米国在住の日本人は他人種より糖尿病発症率が高いというデータが報告されています。
  我が国では、2型糖尿病患者が最近数十年の間に激増しています。しかし、この数十年の間に日本人の遺伝子が変化したわけはなく,同じ遺伝子を持った日本人が飽食や運動不足といった現代の環境因子の影響を受けたため、発症率が激増したと考えられます。そのため、2型糖尿病の発症を予防し、病態の進行を抑制するためには、食事や運動などの生活習慣を適正に維持することが非常に重要です。


多因子遺伝性疾患である2型糖尿病の解析
  2型糖尿病のように、複数の遺伝素因に環境因子が複雑に絡み合って発症する疾患を多因子遺伝性疾患といいます。多因子遺伝性疾患の原因遺伝子の同定は、その困難さ故に「遺伝学者の悪夢」とも言われ、解析する手段もありませんでした。しかし近年、分子生物学が発展し、多因子遺伝性疾患の原因遺伝子を解明する試みが進められています。
  ヒトにおける多因子遺伝性疾患の遺伝素因の解析は、個人間で環境因子が大きく異なり、環境因子を一定に保つことができないため、大変困難を極めます。また、得られるサンプルも、2世代(親、子)から多くても3世代(親、子、孫)のサンプルしか得る事ができず、この点がヒトの遺伝解析を難しくする一因となっています。そこで、実験動物をヒトのモデルとして用いる研究が多因子遺伝性疾患の解析において重要な方法の一つとなっています。疾患モデル動物の利点は、ヒトと異なり、環境因子を一定に保つことができる点にあります。また、ヒトや動物の全ゲノムシークエンスの解読により、ヒトとモデル動物の比較遺伝子地図が整備され、疾患モデル動物で得られた結果をヒトにフィードバックすることも可能となっています。
  2型糖尿病の遺伝素因の解析には、単一遺伝子のみに着目して遺伝子を導入した、あるいは欠損させた遺伝子改変動物を用いた研究が多く行われています。しかし、単一遺伝子に着目した解析法では、多因子遺伝性疾患の病態を再現させるのは困難であり、2型糖尿病の病態の全てを解明するには至っていないのが現状です。
図1:2型糖尿病モデルOLETFラット(右)とその対照LETOラット(左)
  我々のグループは、自然発症的に日本人に類似した2型糖尿病の病態を呈する実験動物であるOtsuka Long-Evans Tokushima Fatty (OLETF)ラット1)(図1)を日本人の2型糖尿病モデルとして用い、2型糖尿病原因遺伝子の解析を行っています。 OLETFラットは中程度の肥満、高中性脂肪血症を呈し、加齢とともに高インスリン血症、高血糖になります。また、OLETFラットは皮下よりも腹腔内に脂肪を蓄積する腹腔内脂肪蓄積型肥満である点や、食事や運動といった環境因子が病態の進展に影響を与える点からも、日本人2型糖尿病の疾患感受性遺伝子の探索に適したモデルであると言えます。我々はこのOLETFラットを用い、量的形質遺伝子(Quntitative Trait Locus; QTL)解析という方法を用いて、2型糖尿病原因遺伝子の解析を行っています。QTLとは量的形質を支配する遺伝子座の略称です。量的形質とは、数や量で表される連続変異を示す形質で、血糖値や体重などは量的形質です。そしてQTLを指標として連鎖解析などの遺伝統計学的解析を行うことをQTL解析といいます。QTL解析では、遺伝子型のデータと表現型のデータから、量的形質に関係する染色体上の座位を同定します。すなわち、染色体のどのあたりに疾患原因遺伝子を含んだ領域があるかを特定します。
  我々はこれまでにOLETFラットのQTL解析を施行して、2型糖尿病に関する遺伝子座をラット染色体上にマッピングしてきました。その結果、少なくとも11個の糖尿病原因遺伝子座(図2)2)と6つの肥満原因遺伝子座3)があることがわかりました。現在、これら各遺伝子座をそれぞれ単独で有するコンジェニックラットの作製を完了し4)、その表現型及び病態の詳細な解析を進めています。今後は、同定した遺伝子座に含まれる遺伝素因を明らかにし、さらに環境因子(食品因子等)との相互作用について研究を進めて行きたいと考えています。
 

図2:QTL解析によりラット染色体上に同定した2型糖尿病原因遺伝子座(Nidd1Nidd11


共同研究グループ
松本研究室 徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部附属動物実験施設
山田研究室 京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻 動物遺伝育種学


引用文献
1) Spontaneous long-term hyperglycemic rat with diabetic complications. Otsuka Long-Evans Tokushima Fatty (OLETF) strain. Kawano K, T Hirashima S Mori, Y Saitoh, M Kurosumi, et al. Diabetes 41, 1422-1428, 1992
2) Identification of quantitative traits loci for non-insulin dependent diabetes mellitus that interact with body weight in the Otsuka Long-Evans Tokushima Fatty rat. Moralejo DH, Wei S, Wei K, Weksler-Zangen S, Koike G, Jacob HJ, Hirashima T, Kawano K, Sugiura K, Sasaki Y, Ogino T, Yamada T, and Matsumoto K. Proceedings of the Association of American Physicians 110, 545-558, 1998
3) Genetic evidence for obesity loci involved in the regulation of body fat distribution in obese type 2 diabetes rat, OLETF. Ogino T, Wei S, Wei K, Moralejo DH, Kose H, Mizuno A, Shima K, Sasaki Y, Yamada T and Matsumoto K. Genomics 70, 19-25, 2000
4) Examination of OLETF-derived non-insulin-dependent diabetes mellitus QTL by construction of a series of congenic rats. Kose H, Moralejo1 DH, Ogino T, Mizuno A, Yamada T and Matsumoto K. Mammalian Genome 13, 558-562, 2002
   
  (2006.12.1)

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