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VOL.4 : 地震による人的被害とその発生メカニズム

長寿社会総合科学講座 助手 生田英輔

はじめに
11年前に阪神・淡路大震災を経験し、南海・東南海地震の発生が懸念される中、災害に強い安全な社会作りが急務となっています。しかしながら、大地震発生の度に建築基準法改正を行ってきたわが国の住宅においても、地震時には住宅内で発生する人的被害がいまだに多いのが現状です。

死傷者数で災害の規模が語られるように、人的被害は物的被害と比較するとその影響はより深刻といえるでしょう。建物と異なり決して回復の出来ない尊い命の損失は、深い悲しみを被災地の人々に長期間に渡りもたらします。このような人的被害の低減は防災研究において最優先課題であることは言うまでもありません。

地震時の人的被害は決して単独で発生するものではありません。倒壊した家屋の下敷きになり圧死する場合や、転倒してきた家具によって負傷する場合がほとんどです。すなわち、人的被害低減の為には耐震補強などにより凶器となる建物自体の破壊を防ぎ、同時に家具も転倒しないよう固定するといった事前の対策が重要です。大規模な災害では公的な救助は追いつかないと予想され、このような対策が大幅に人的被害を減らす理想的な手段ではありますが、他にも様々な手段があります。例えば、就寝中に家具が転倒しても致命的な被害を受けないように配置を考えるとか、住宅内において危険な箇所を日常よりチェックし緊急時の避難路を確保しておくといった、ソフト面での対策をローコストで行うことが可能です。

しかしながら、そのような対策が人的被害低減に対してどの程度の効果を挙げるか、定量的に評価する手法は今のところありません。すなわち、地震時の家屋倒壊や家具転倒が人体に対してどのような影響を与え、それがどの程度の死傷を発生させるかといった発生メカニズムには解明されていない点が多いのです。このような評価手法が確立されればより目に見える形で、人的被害を捉え、その低減効果を評価することが可能となります。

以上のような背景を受けて、今回の研究だよりでは、(1)地震時の人的被害の発生実態(2)地震時の人的被害シミュレーションについて報告いたします。


(1)阪神・淡路大震災における人的被害
1995年1月に発生した兵庫県南部地震による人的被害は震災関連死を含めた死者が6,433人、負傷者43,792人(重傷10,683人,軽傷33,109人)に達し、戦後最大となりました。この震災では直後から多様な目的での被害調査が行政機関・研究機関・大学・学会・民間企業などによって行われ,膨大な人的被害データ・物的被害データが収集されました。

私たちはこのようなデータから、被災地全域での人的被害の詳細な発生メカニズムを把握し,建物被害との関係を検討することを目的として,包括的な人的被害データベースを構築し分析を行いました。具体的には,既存の建物被害データと死者データおよび重傷者データのマッチング作業を行い,被災地全域を網羅する人的被害統合データベースを構築した後,死者と重傷者の死傷内容および発生状況の比較を行いました。以下にその結果を概説します。

表1 死因
  内数 人数
窒 息 胸部圧迫 692    
胸腹部圧迫 382    
体幹部圧迫 89    
頭頸部・気道圧迫など 156    
不詳・他 565    
窒 息 計   1,884 41.4%
圧 死   1,008 22.1%
全身打撲   475 10.4%
焼死・火傷   406 8.9%
頭部損傷   149 3.3%
不詳・他   631 13.9%
合 計   4,553 100.0%


表2 負傷内容
  内数 人数
骨 折 頭頸部 13    
胸 部 101    
腰 椎 90    
骨 盤 148    
上 肢 56    
下 肢 89    
不 詳 1    
骨 折 計   498 54.7%
挫 創   276 30.3%
不詳・他   136 14.9%
合 計   910 100.0%


図1:死者と重傷者の死傷原因


表1は死者の死因、表2は重傷者の負傷内容を集計したものです。また図1は死者と重傷者別に死傷原因を集計したものです。これらの結果から死者と重傷者は大きく異なるメカニズムで発生していることが分かりました。典型的な死亡形態は地震で倒壊した家屋により,頭部から胸腹部にかけて圧迫・荷重を受け窒息あるいは内臓を損傷し,即死するというものです。それに対して典型的な重傷形態は、地震で倒壊した家屋あるいは転倒した家具により、骨盤・下肢や肋骨を骨折する場合や、死亡に至らない程度の圧迫を体幹部に受け挫創を生じるといったものです。すなわち人体に倒壊家屋という過大な圧迫荷重が胸部や頭部に加わった場合は死亡に至り、骨折を生じさせる程度の建物部材や家具の衝撃力では負傷にとどまるということがいえます。

また建物被害との関係では、死者は大きな被害を受けた木造家屋で発生が多いのに対して、重傷者は比較的軽い被害の建物でも発生しています。この結果と前述した死傷原因の違いを考慮すると、地震に強い建物内においても家具が凶器となり負傷者が発生するという実態が見えてきました。


(2)地震時の人的被害シミュレーション
前章でのデータ分析から典型的な死傷形態が明らかになりましたが、実際に壊滅的な被害を受けた建物内において、どのようなメカニズムで発生したかということは誰にも分かりません。そこで、そのメカニズム解明を目的として家屋の倒壊実験や家具の転倒実験において、人体ダミーを使用してダメージを計測するという試みが行われています。いわば、皆さんもよくご覧になる自動車衝突実験の地震版ということです。現在までにプロトタイプの人体ダミーが製作され、大型震動台での木造家屋破壊実験においてダミーによる計測が行われました。

一方、このような実験をコンピュータ上で行うという試みも行っています。近年の著しいシミュレーション技術の発展で、実際の人体をコンピュータ上で再現し、同様の実験を行うことが可能になりつつあります。一例として、死因の典型であった胸部圧迫を模したシミュレーションを行い(図2)、肋骨への影響あるいは胸部の変形を解析しました(図3)。現在はこの解析結果を踏まえ、どの程度の荷重が人間にとって致死的であるのかを検討している段階です。


図2:胸部モデルと載荷モデル(胸部を圧迫)


図3:載荷前後の肋骨の応力、変形


このようなシミュレーション技術はまだまだ発展段階ですが、今後も精力的に取り組んで行きたいと考えています。このような成果を応用し、人的被害を減らしていく為の対策が本当に役に立つのか、どの程度被害を軽減できるのかといったことを評価していく予定です。またシミュレーションの利点を生かし、専門家のみならず多くの市民の方々にビジュアル的に結果を示していければと思います。

(2006.8.1)

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