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VOL.1 : "雰囲気"を定量化する 〜"家庭的"居住環境の創造を目指して〜

長寿社会総合科学講座・居住福祉工学コース 助教授 三浦 研

小規模な高齢者施設のリビングの雰囲気
高齢者施設は"介護の場"であると同時にお年寄りの"生活の場"です。1997年の認知症高齢者グループホームの制度化、2002年の個室・ユニット型特別養護老人ホーム(新型特養)の制度化など、近年この分野の進歩は目覚しく、集団的処遇の高齢者施設を見直し、小規模で家庭的雰囲気の「自宅でない在宅」を目指して、制度および居住環境が大きく変わりつつあります。本格的な超高齢社会の到来により、居住環境計画の分野でも、最もホットな領域のひとつといえるでしょう。


こうしたなかで研究も、従来から為されてきた"効率性"あるいは"合理性"に関わる問題点の抽出から、"生活の質"や"雰囲気"を分析、評価可能な、よりきめ細やかな研究の視点と手法が求められています。かつては、効率的に介護するためには、どのような機器や面積が必要か、という議論をしていましたが、現在は"家庭的"居住環境を作るには、どのような工夫が必要か、という議論に変化しているのです。


小規模ケアのメリットは、入居者数、職員数とも少数であるため、両者の間に安定した信頼関係が形成しやすく、お年寄りと職員は介護する人、される人という「垂直」の関係ではなく、暮らしを共にするパートナーとしての「水平的」な関係を構築できる点にあると一般的に言われています。しかし、両者の関係性を測る指標や研究手法が確立されていないため、具体的なケアの在り方とお年寄りと職員の関係性の変化については必ずしもこれまで実証されてきませんでした。


皆さんも高齢者施設など(クラスや学校でも構いません)を訪問し、「いい雰囲気だな」、あるいは逆に「ここは活気がないな」と感じた経験はないでしょうか。こうした雰囲気や質の評価は、アンケートでは把握しにくい側面があります。なぜなら、施設に入居しているお年寄りは、目が悪かったり耳が遠く、アンケートに正確に答えることが出来ません。また、日々現場で働いている職員は、現場に居るゆえに自分たちのケアを客観的に把握し、回答するのは難しいのです。どうしても"主観"の入り込む余地が出てしまいます。どうすれば、"家庭的"居住環境として設計・計画した建物が、果たして、当初の設計・計画通り、"家庭的"に使われているのか、確かめられるでしょうか。


介助に関わる
会話
生活介助、気配り、共同生活上の報告、看る看られるの上下関係が感じられる会話、入居者からの依頼、相談、質問(洗濯物ないですか?、〜しましょうか?〜してください、など)
日常会話 冗談、TVの話題、天気の話等、コミュニケーションの性格を持った会話、職員と入居者の間に上下関係ではなく対等な関係を感じられる会話
(表1)会話内容の分類
会話数については、例えばAとBが会話した場合、これを1回と数えて A、B双方に1回として数えた。また、1分を越える会話については、会話が続いた時間を考慮し、例えば2分間ならば2回として数えている。


  調査結果(1)
入居者−職員の会話内容
Sケア付住宅の共用スペースは、日常会話が介助に関連する会話よりも多く、生活感があり、入居者−職員の人間関係が豊かに構築されているといえる。

  調査結果(2)
お年寄り−職員間における会話のイニシアティブ
日常会話量の差は、職員が話しかけることにより生じている=ケアの質
そこで、高齢者施設において空間の使われ方だけでなく、そこで交わされる会話内容に着目し、誰が誰に対して(例えばお年寄りから職員に対する話しかけ、あるいはお年寄り同士の会話)、どんな内容の会話(表1)をしたのか、いくつかの高齢者施設で実際に記録してみたのです。


すると、面白いことが分かりました。(図1)は、平面構成の同じ二つの高齢者向けケア付住宅における3日間のお年寄り一人当たりの職員との会話内容を比較したものです。Sケア付住宅とOケア付住宅を比較すると、介助に関する会話数はさほど変わりませんが、日常会話の数は85回と39回ですから、倍以上の開きがあることが分かりました。訪問した時の実感も、確かにSケア付住宅の方が雰囲気が良く、実感が裏付けられた形です。くわえて、お年寄りと職員のどちらが話しかけたのか、会話のイニシアティブを見てみると(図2)、Sケア付住宅では、職員から話しかけた会話が多いことも分かりました。つまり、Sケア付住宅の雰囲気の良さは、職員の意識的な働きかけにより作られていることが分かりました。


調査結果(3)
特養とグループハウスにおける 入居者-職員の関係性の違い
施設では、職員との会話はもっぱら介護のみ、グループハウスでは人間関係がある。
また、別の調査事例を紹介しましょう。グループハウスという名前の小規模ケアと大規模な特別養護老人ホームのお年寄り−職員間の12時間あたりの会話内容を比較したものが(図3)です。見てのとおり、介助に関する会話には極端な差は見られませんでしたが、生活の潤いになる日常会話には極めて大きな差が現れていました。この特別養護老人ホームのお年より一人当たりの職員との日常会話は、12時間で平均2.1回ですから、例えば、朝、職員さんと「おはよう」と挨拶して、昼天気の話をしたら、もうそのお年寄りは職員さんとその日、生活の潤いになる日常会話を交わしていないのです。こうした結果は、小規模なグループハウスでは、職員とお年寄りの間に"看る−看られる"という関係性に加えて、生活を共にする水平的な関係、言い換えるなら、横糸と縦糸がうまく織り成されている状態であるのに対して、大規模なこの特別養護老人ホームには、"看る−看られる"という関係性のみが強いことが示されました。


以上のような調査結果は非常に地道な参与観察の結果です。ただし、時間をかけてデータを収集するゆえその結果が迫力を持つのです。どのような環境要素が会話のテーマになっているのか、より深く分析することで、より質の高い居住環境の創造に役立てることが出来ますし、また、介護職員の研修のみならず、大規模施設と小規模施設の質の違いを行政担当者に説明し、新しい施策の創造にも道を開きます。新しい制度や居住環境を作るには地道な調査が求められるのです。

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