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[生活科学研究科] 博士号取得者の紹介

■12 和田 幸子(ワダ ユキコ)
・わらべうたを用いた障害児保育の実践的理論構築の試み
学位名: 博 士(学術) 論文審査委員: 主査 教授 堀 智晴
副査 教授 中井 孝章
副査 教授 山縣 文治
取得年月日: 平成22年 3月24日

 
・論文審査の結果の要旨
 本論文は、わらべうたを用いた障害児保育の実践研究を音楽学と保育学の視点から考察し、わらべうたを用いた障害児保育の実践についての新たな実践的理論を提示することを試みたものである。
 第1章では、保育実践における「知」について考察し、実践では保育者と子どもは保育現場という一つの状況の中に投げ込まれていて、保育者はこの状況を受動的に受け入れながらその場で前向きに実践に取り組もうとしていくが、そうさせるものが、保育実践における「知」であると考察している。また、わらべうたを用いた障害児保育実践に関する先行研究はまだ行われていないことを明らかにしている。
 第2章では、わらべうたの音楽的特徴について考察し、わらべうたを用いた保育実践には、方言、イントネーションという言語面の問題、日本音楽独自の拍節感やわらべうた音階の理解の曖昧さという音楽面の問題点があることを指摘している。また、わらべうたを用いた保育・教育の歴史について調べ、遊びの伝承と保育・教育との相違について論じている。
 第3章では、筆者が実践する中で経験的に形作ってきた、わらべうたを用いた障害児保育実践の枠組みについて検討を行っている。堀智晴の保育実践研究の3つの視点、@子ども理解、A子どもへの願い、B手だてについて批判的に考察し、保育者の「子ども理解」は保育行為に向けたものであり、保育という営みの中で子ども同士が、また保育者と子どもが共に育ちあう中での子ども理解であると指摘している。また、幼い子どもの音楽活動の特性について考察し、幼い子どもの音楽活動では体の動きや声、言葉は「遊び」そのものであると指摘している。さらに筆者が依拠してきたカール・オルフ、ゲルトルート・オルフの基本的な理念に基づいた実践の手だてについて、そしてさらに筆者が影響を受けた、わらべうた講座の講師へのインタビューからわらべうたを用いた保育実践のあり方について考察を行っている。
 以上のような考察を通して明確になってきた実践の枠組は、「何も言わずに始める」「見て真似る」「リズムの共感」「『波』をイメージしながら保育をつくり出す」ことであったと整理している。さらに筆者が用いてきたわらべうた計78曲を採譜し、小泉文夫のわらべうた遊びの分類法に基づいて分類すると「からだ遊び」に分類されるものが多いことを明らかにしている。
 第4章では、わらべうたを用いた障害児保育の実践において筆者が経験した5つの事例を考察し、実践的理論を構築するために次の5つの視点が重要であると明らかにしている。
 第5章では、わらべうたの音楽的特質の保育実践における意味について考察している。次に、「手だて」としてわらべうたを歌う意義について考察している。保育者は空間内にいる子ども達を見ながらわらべうたを歌う。この歌声は、子どもへの語りかけである。わらべうたを歌いながら遊ぶと、子どもはそこに居る他者の身体の動きを真似し始める。この「真似る」ことは他者のしていることへの憧れに基づくもので、他者との関わりから生じてくる育ちの過程である。「真似る」ところには他者との身体レベルでの共感があり、他者との身体による出会いであり関わりと考えるのである。このような「真似る」行為が見られるとき、そこに「リズムの共感」があると実践を言語化施説明している。
 同じわらべうたを繰り返し歌い遊ぶ中で身体の動きによるリズムが周期性を持って繰り返される。さらに子ども達の高揚した気分が勢いとして充満しては、逆にそれらが引いていくというように、リズムの周期を超えた「波」とも言えるうねりがつくり出されることがある。この「波」を 子どもが身体で感じ取る。そのような参加を重ねる中で子どもはその子なりの育ちに向かう変容が促されていくと解釈している。そしてここに「同じ空間内に身体を置く」意義があると考察している。
 障害ゆえに発声や動きが流暢でない子どもも皆の遊びに参加していく時、この「波」に巻き込まれていく。子どもの障害に注目して改善しようとするのではなく、遊びが作り出す「波」にのることで子どもはその子なりの表現を発揮するようになり皆と一緒に居る喜びも体験していく、このプロセスの中で子どもの育ちが見られると考えるのである。保育者としてわらべうたを歌うことは、子どもの育ちを願い、子どもを主体として認め合い一緒に遊び、子どもが育つのを待つことであると考察している。その場の状況を「受動的に」受け止めた子どもの「能動的な表現」を待ち、そこに子どもの育ちが見られると考えるのである。子どもが「個」としての充実をはかり、他者と共存する喜びを見出していくようになる。そのとき保育者の保育行為は後に退き、前面に出ることはない。わらべうたを用いた実践事例において、障害のある子どもと共に体験した事実から、以上のように理論化を試みている。
 第6章では、本研究のまとめと今後の課題について書いている。
 本論文は、保育実践者による意欲的な実践研究であり、わらべうたを用いた障害児保育実践を対象化して、言語化し、今後の実践につながる実践的理論を提示した点に重要な意義がある。
 以上の審査結果から、審査委員会は、本論文が博士(学術)の学位を授与するに値するものであると認めた。


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