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[生活科学研究科] 博士号取得者の紹介

■07 桜井 智恵子(サクライ チエコ)
・家庭の教育責任の重視に関する構築過程
 −教育関心の焦点化から家庭主義の普及へ−
学位名: 博 士( 学 術 ) 論文審査委員: 主査 教授 堀 智晴
副査 教授 山縣 文治
副査 教授 畠中 宗一
取得年月日: 平成20年3月24日

 
・論文審査の結果の要旨
 現在、子どもの教育をめぐって種々の問題が指摘されている。その一つが家庭における子どもの教育の問題である。本研究は、この家庭における子どもの教育について、近代から今日にいたるまでの変遷を筆者の視点から解明しようとしたものである。特に戦後の高度経済成長期に家庭の教育責任を重視する考え方が成立してきたその経過について実証的なデータを用いて考察を行っている。

 本論文は序章と、第1章から第8章までと、終章から成っている。
 序章では、本研究に対する問題意識と研究目的を述べ、これまでの先行研究について触れた上で、本研究の概要を紹介している。

 第1章では、子どもをめぐる議論の中で、とりわけ家庭における教育に注目が集まるのはなぜかと問いをたて、親と教育の関係について歴史研究に学びながら整理を行っている。近代教育思想史における子どもの権利論の主要な起源と思われる17世紀のプーフェンドルフにおける「子どもの権利」は、「教育への権利」と表現されていたが、それはまだ「扶養」を意味していた。しかし、18世紀にかけての市民社会形成期に、権力の介入に抵抗し、自由の領域としての教育の自律性を擁護するための論拠として、教育権の思想が形成される中で、親権にもとづく私教育の自由の思想が展開し、それは現在に至るとの考察は的確な指摘である。

 第2章では、日本における近代の家庭教育についてまとめている。情緒的結びつきをベースとする「家庭」を志向した近代家族は、その中核として「子どもの教育」を重視した。公教育制度の定着に伴う家庭の「近代化」は、家庭のこの愛情を基盤に、将来の豊かな暮らしや人並みの暮らしを手に入れるための教育関心へと直結したと指摘している。

 第3章では、「家庭教育ヲ補フ」機能として注目された保育現場の教育目的について検討している。『京阪神聯合保育會雑誌』に収録されている保母の議論を分析して、子どもの自治と自由を尊重しながらも実践ではきびしい鍛錬主義をとったことを指摘し、近代的訓育論が保育現場においてもみられたと考察している。

 第4章では、戦後の教育政策の中で「主体性」概念がどのように取り上げられてきたのかについて考察している。1962年の「人的能力開発政策」は、子どもを一個の労働力とみなし、学校をナショナル・レベルでの人材の養成機関へと再編していくものであった。1970年代は、大量の「落ちこぼれ」が発生し、青少年非行や校内暴力が多発した。1980年代の行政改革は、消費者の利益を追求する消費者運動の性格を持っていて、教育改革の背景にも、教育サービスの消費者としての親の主張の高まりがあった。「わが子」だけは脱落者にしたくないという、親の利己的な期待は、「能力主義」の公教育に取り込まれたと考察している。
 戦後の教育政策の変遷を分析した結果、政策上の「主体性」は、時代の変化に主体的に対応できる能力を意味していたと指摘している。さらに1990年代以降には、事務労働よりもむしろ独創性への需要が高まりつつあるが、これは新たな「主体性」重視の傾向に拍車をかけたと考察している。

 第5章では、1960年前後の家庭教育学級の成立とその経緯について、また、60年代の家庭の教育に対する意識調査を取り上げて検討している。この時期の家庭が子どもの最終学歴に関心をもっていく時期をより詳しく知るために、高度経済成長期初頭における、学卒労働市場に対する求人・求職の数値を検討することによって、財界の意見を直接反映して教育状況が変化したというよりも、家庭の教育関心の高まりが教育政策の中で行なわれた学歴の高度化と繋がっていくという流れが見て取れたと指摘している。

 第6章では、小学館の雑誌『家庭の教育』の読者の声と当時の出版物をてがかりに、1960年代の家庭教育ブームを構成した大人の視線・関心のあり方について分析、検討している。1960年代が「教育するママの時代」となったのは、まず民主化の波を受けた新しい価値観の要求があった。そこで供給された教育情報が、母親に子どもの「能力」に関心をもつよう求めたという側面が指摘できるという。家庭教育ブームをリードした親たちの半数以上が、初等教育までしか受けていない、あるいは中卒であったという実態があった。自分たちの直後の世代はほとんどが高卒という学歴を持つようになり、母親たちの多くが学歴コンプレックスを持ち、子どもの教育に自分のなし得なかった夢を託すようになった。高度経済成長のためにマンパワーとしての子育てが注目され、強調されたのが母性であり、家庭教育の充実であった。母性の強調は、国家にとってはまずマンパワーとしての子育てへの注目、そして非行防止による財政的経費節約の二つの意味があった。しかし、家庭は「わが子の非行」に対して反応したと考察している。

 第7章では、高度経済成長期に注目を浴びた家庭教育論を参考にその注目の理由を取り上げ、そこから家庭の意識を形作った価値観について考察している。
 高度経済成長期の石原慎太郎著『スパルタ教育―強い子どもに育てる本』は、家庭教育が家庭で完結するという「分かりやすさ」があったこと、また、同時期の丸岡秀子に代表される教育運動の思想にも、子どもの学習権を中核としながら、あるいはそれゆえに家庭主義の発想があったと指摘している。ここに家庭教育を家庭で完結させる考え方が、この時期に強化され、現在の子育て家庭をみるまなざしの枠組みになっていると考察している。
 丸岡秀子の議論から見て取ることができるのは、親が行う子どもの学習権の要求は、子どもの将来の安定や、せめてなんらかの仕事についてほしいという意識と繋がっていること、それゆえ、戦後の親意識は、学歴社会や能力主義を育ててきたと指摘している。このありようが、現在の子育て家庭の枠組みであり、それは個人中心主義を基盤にせざるをえないと筆者は考えるのである。

 第8章では、家庭主義の克服としての社会的子育てに関して、次の時代となる1980年代の家庭教育政策の公的な論点変容に注目している。子どもの育ちは家族だけでは担えず、多くの人々に支えられて展開するということを、1983年国際セミナーをきっかけに合意が形成されていく経過について書いている。また、WMS調査から、子ども自身も親以上に、地域の「人」への信頼を表現していた。子どもにとっての地域の意味に「近所のおばさん」は大きな位置を占めていたという調査結果は、大人たちへの「発想の転換」を迫る大切な問題提起であったが、これは、その後の子どもをめぐる議論の中では、重視されずに展開してきたと筆者は考えている。

 終章は、本研究のまとめである。本研究によって、近代から現代にいたる家庭の教育関心の変遷を見てくると、戦後の家庭が自ら教育責任を負うようになり、家庭の教育責任の重視にいたる構築過程が見られたと結論づけている。
 本研究のテーマである「家庭の教育責任の重視」には、社会による「家庭の教育責任」強調の進行とともに、家庭が自ら教育責任を増大させるようになった意味も含まれているのである。
 本研究は、教育思想史研究の中でもまだ手薄な分野である家庭教育の役割と意味について考察したものであるが、この分野の研究における重要な業績の一つであると評価できる。
  よって、本論文は博士(学術)の学位に値するものであると認定した。


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