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[生活科学研究科] 博士号取得者の紹介

■05 板野(中村) 寛海(イタノ(ナカムラ) ヒロミ)
・細菌性食中毒の原因究明と汚染源探索への分子生物学的手法の適用に関する研究
―Clostridium perfringens による食中毒の原因究明と水産加工品のListeria monocytogenes 汚染源探索への分子生物学的手法の応用―
学位名: 生活科学 論文審査委員: 主査 教授 西川 禎一
副査 教授 曽根 良昭
副査 教授 小西 洋太郎
取得年月日: 平成18年3月24日

・論文審査の結果の要旨
  食事は命の礎であり、食卓を共にする者に連帯感をもたらす社会的な役割も担う重要な営みである。

しかしながら、食の安全が確保されなければ、充足感のある食生活を営むことはできない。本論文は、食品衛生学上の最重要課題である細菌性食中毒を研究対象とし、特に事件の原因究明と食品の汚染源探索を目的に最新の分子生物学的手法を取り入れることで、調査能力の飛躍的な改善を図ったものである。大阪市内で発生した実際の食中毒事件の原因解明にも効果を発揮し、また市内を流通している食品の汚染を探知し、その汚染を製造工場まで辿ることで汚染源を明らかにして、施設の衛生管理を指導することにより事件を未然に防止するなど、実効ある食品衛生活動に結びついた実践的研究として意義がある。

 本論文は4章から構成されており、第1章では、学校給食など大型施設で食中毒事件を起こす傾向のあるウェルシュ菌の型別にパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法の応用を試みている。大阪市内で実際に発生した7件の食中毒事例に由来するウェルシュ菌を対象に、PFGE法によるDNA型別とウェルシュ菌株間の異同を識別するために従来用いられてきた血清型別による分類を比較し、PFGE法の識別能力の高さを明確に示した。そして、本法を食中毒事件の調査に直ちに応用している。ウェルシュ菌はヒトの腸内に常在することから、本菌を食中毒の原因微生物と断定するには、患者糞便中に正常範囲を逸脱した多数のウェルシュ菌芽胞を検出することが前提とされる。しかしながら、発病後3日を過ぎると患者便中のウェルシュ菌芽胞数は急減し、正常値のレベルに達するため、急性期の患者便が入手できなければ、ウェルシュ菌食中毒と判定することは困難とされてきた。本論文では、発病後の日時が経過したために患者便からの菌検出が困難であった1事例において、増菌培養法を適用し83名中54名から毒素産生性のウェルシュ菌を分離している。従来であれば、これら分離菌株が原因菌であるか常在菌であるか識別できないため、増菌培養によって検出率が増加しても意味の無いものとされたがPFGE法を適用したところ、これら分離株の75%が同じDNA型であることが明らかになり、本事件をウェルシュ菌による食中毒と判断する根拠を提示している。すなわち、従前の定説を覆し、PFGE法を併用すればウェルシュ菌の分離に増菌培養法の利用も可能であることを明らかにすることで、新しい調査のあり方を示した点で、極めて優れた実践的研究となっている。

  第2章では、欧米において食中毒菌の中で最も多くの死者を出しているリステリアに注目している。分子疫学手法の有用性が明示されたウェルシュ菌の結果に鑑みて、PFGE法のみならず遺伝子増幅法(PCR法)を用いた種々の分子疫学的手法をリステリアによる食品汚染実態調査に適用している。わが国では余り注目されてこなかったリステリアであるが、市販のready-to-eat水産加工品を調べ、スモークサーモン等の冷くん製品を中心に13%からリステリアを検出し、分離菌株がヒトへの病原性を有するタイプであることを、血清型およびその病原遺伝子保有状況に基づいて明確に示している。さらに、PFGE法などの分子生物学的手法により、食品を汚染している菌が各製造施設に特有であり、同一製造元由来の製品からは、検体や検体採取日が異なる場合でも同一型の菌が検出されることを明らかにし、リステリア菌株の識別にもこれらの手法が有用であることを証明している。

  第3章では、上記の調査を通じて製品汚染率が特に高く、特定のリステリア菌株による長期的な施設汚染が疑われた一水産加工場に立ち入り、同施設内のリステリア汚染状況を把握するとともに、分子生物学的手法を適用して施設内分離菌株と製品由来株間の異同を識別し、リステリアの汚染源および汚染経路を推察している。徹底的な施設内調査により、製造機器、特にスライサーからのリステリアの検出時期が製品の汚染時期と一致すること、スライサーに残されたサーモン端材の本菌検出率が25%にも達していることなどから、製品の汚染場所としてスライサーを疑っている。この推察を裏付ける目的で、製品から分離された菌とスライサーから検出された菌のDNA型を調べ、これらが一致することを明解に示し、スライサーを汚染源と断定する証拠としている。そして、その調査結果に基づきスライサーの分解洗浄を指導することで、同施設の製品汚染率を急激に減少させている.また、施設から分離されたリステリアはDNA型別によって計13タイプに分類されたが、ほとんどの菌は3タイプに集中していたことから、これらの優勢種が同工場内に定着して衛生管理上の問題を起こしていることを指摘しており、食品衛生学的に優れて実践的な研究成果を生み出したものと評価できる。

  第4章では、特定のタイプのリステリアが同製造施設に定着した理由を明らかにするため、これらの菌株が、ステンレスやプラスチックおよびガラス表面に付着する能力とバイオフィルム形成能を調べている。施設内から分離された77株のリステリアについてバイオフィルム形成能を調べた結果、施設から高頻度に分離され、製品汚染を継続してきたタイプの菌株はバイオフィルム形成能も高いことを見出し、食品製造施設の衛生管理には対象菌株の定着性をも考慮して除菌あるいは消毒方法を検討する必要があると論じている。

以上、本論文はウェルシュ菌およびリステリアを対象として、その疫学解析における分子生物学的手法の有用性を検討し、1.ウェルシュ菌の病因学的解析においては、PFGE法を併用することで増菌培養による検査が可能になり検出率を改善できることを世界で初めて明らかにし、2.リステリアについてはready-to-eat水産加工品の汚染実態を調べ、その高い汚染状況を明らかにするとともに、3.分子生物学的手法を活用することで汚染源および汚染経路を解明した上で、調査結果に基づく指導により製品の汚染率を低減するなど、食品衛生学の実践的分野で優れた成果をあげていると全編を通して評価できるものとなっている。

以上のことから、本審査委員会は本論文が博士(生活科学)の学位に値するものと認定した。


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