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[生活科学研究科] 博士号取得者の紹介

■03 諸井 孝文(モロイ タカフミ)
・被害統計資料に基づく1923年関東地震の震度分布と被害特性
(Seismic intensity and damage characteristics during the 1923 Kanto earthquake based on re-evaluation of the damage statistics)
学位名: 学術 論文審査委員: 主査 教授 宮野 道雄 
副査 教授 藤田 忍 
副査 教授 永村 一雄 
副査 教授 中川 康一(理学研究科)
取得年月日: 平成18年3月24日

・論文審査の結果の要旨
 1995年1月17日午前5時46分に神戸・阪神間を襲った兵庫県南部地震は、被災地全域で10万棟を超える全壊建物および地震による直接的な被害に関わって亡くなった直接死5,502人など戦後最大の被害を生じた。この地震によってわが国の地震防災対策の目標が一時期ではあるが、大都市圏直下で発生する内陸型地震へと大きくシフトした感があった。一方、兵庫県南部地震が発生する以前に国をはじめ都道府県など地方自治体の地震に対する被害想定や防災対策の基準や目標になっていたものは1923年9月1日に発生した関東地震であった。この地震は明治時代以降に日本で発生した地震災害のなかでも最も大きな被害を生ぜしめたことから、様々な視点からの膨大な被害調査資料が残され、後世の地震防災研究の対象となってきた。

  地震に限らず自然災害に対する防災研究を行なう場合、過去に起こった現実の災害に学ぶ姿勢は大切である。すなわち、研究を行なう立場からすれば、実際に起こった災害は実物大の実験とみることもできる。したがって、後世に残す被害統計資料には被害程度を表す基準や、数値の意味するところが明確に定義され、数値の正確さが要求される。しかしながら、大規模な災害ほど直後の混乱が大きいことなども影響して、調査結果の検証が不十分になりがちである。

  このような背景から、本論文では貴重な研究資料として位置づけられる1923年関東地震の被害統計資料に新たな視点からの詳細な再整理を加え、統一的な指標に基づく独自のデータベースを構築して、震度分布と人的・物的な被害特性に関する検討を行なっている。本論文に関わる研究において、関東地震による被害が詳細に見直され、文部科学省国立天文台編集の「理科年表」(2006年版)に記載されている死者・行方不明者の数が14万2千人余から10万5千人余に、また家屋被害棟数についても家屋全半潰(壊)25万4千余を住家全潰10万9千余、半潰10万2千余(棟数)に、また焼失44万7千余を焼失21万2千余(全半潰後の焼失を含む)にそれぞれ改められることとなった。記述の改訂は80年ぶりのことであり、本研究成果の社会的影響は大きい。

  論文は序論、本論、結論から構成され、本論は3章からなる。

  まず序論では、研究の背景と目的、および本論文の中心をなす1923年関東地震に関する既往の研究について詳細なレビューがなされている。

  つぎに本論の第1章では、対象地震である1923年関東地震について得られている既往の被害統計資料の内容に対する詳細な検討を行なっている。具体的には、被災地全域にわたって調査資料が得られている、震災予防調査会報告所載の松澤武雄によるデータおよび内務省社会局刊行の大正震災誌におけるデータを中心として、住家・非住家の区分別の棟数および戸数、世帯数単位のデータの混在、住宅形式による棟数と戸数の対応、地震動による全・半潰数と焼失数との対応などに着目しながら被害数の単位を住家棟数に統一した住家被害データベースを構築した。その過程で従来の資料では約28万3千棟の被害が過大評価されていたことが判明した。また、死者・行方不明者については約3万7千人が過大評価されていたことが明らかになった。以上の結果、得られたデータベースは信頼性の高い資料を提供することとなり、本論文における第2章以下の検討だけでなく、今後の地震防災研究において貢献するところが大きいと評価できる。なお、第1章では、関東地震の被害特性や震度分布と比較するための資料として1995年兵庫県南部地震のデータベースをも作成している。

  第2章では、得られた新たなデータベースに基づき、関東地震の住家全潰率を評価し、さらに震度分布を推定している。具体的には、既往の被害資料における被害ランクの定義についての議論を行い、その上で住家全潰率と墓石の転倒震度の関係について検討を加えた。さらに1995年兵庫県南部地震についても同様の関係を求めた上で、これらの比較を行なった。その結果、気象庁震度7を設定するきっかけとなった1948年福井地震において全潰率30%を発生させた墓石の転倒震度は0.4前後であり、同等の地震動強さで生じた兵庫県南部地震の全潰率は10%程度と推定された。ここでの検討により、気象庁震度の時代的連続性が確認された。また、本章では地盤条件と震度分布の対応について検討し、その結果に基づいて、将来の南関東地震における1923年関東地震の際の震度の再現性が高いことを示唆した。

  第3章では、人的被害の評価を行なっている。すなわち、まず関東地震の住家全潰率や焼失率と死亡率の関係から人的被害要因への影響度を求め、その結果に基づいて被害要因別死者数を推定している。その結果によると、1923年関東地震による住家全潰を原因とする死者発生率は1891年濃尾地震や1948年福井地震と同程度であったことが判明した。また、火災規模に応じて死者は指数関数的に増加し、焼失率が80%を超えるような火災地域の死者数は、火災がない場合の20〜30倍と推定された。また、1995年兵庫県南部地震による死亡危険度は過去の地震に比べて必ずしも低減していないことが明らかとなった。

  本論文の最後の結論では、本研究で得られた成果をまとめ、今後の課題について述べている。

  以上のように、本論文では地震防災研究において今後も重要な資料となる1923年関東地震の被害統計資料を統一的な視点に基づき検討し、信頼性の高いデータベースを構築するとともに、新たな知見を提示した。したがって、審査委員会は本論文を博士(学術)の学位を授与するに値するものと認定した。


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