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教員紹介

堀口 正
堀口 正(教授)
Tadashi Horiguchi

学位/Degree :
  大阪市立大学(博士:経済学)
最終学歴/Final academic background :
  大阪市立大学大学院経済学研究科博士後期課程修了
専門分野/Field of specialization :
  社会開発学、地域経済学、中国経済論など
資格/Qualification :
 
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【はじめに】
 大学院(修士課程)入学以降、人びとの生活向上(改善)や地域の活性化を促す社会・経済制度がどのようなものなのか、また制度と人びとの意識・価値観の乖離が起きるとすれば、なぜ・どのように起きるのかという点に問題意識・関心があり、調査・研究を日本だけでなく、中国などのアジア地域でも行ってきました。
 調査・研究の基本的順序として、(1)先入観をもたずに、「歩く・見る・聞く・話す・メモをとる」などの方法で研究対象(現場)にアプローチし、(2)そこで得られたことがらを文献や資料を参考にして検討し、(3)必要であれば、統計的な手法を援用し、分析対象の解明・問題解決を試みるといった段階を重視してきました。
 一方、調査・研究の結果をできる限り簡潔な言葉で表現することで、一般の人びとでも理解できるよう心がけています。ご興味があれば、一度、研究室をお尋ねください。

【中国留学で学んだこと】
 1995年3月に龍谷大学の修士課程を修了後、同年9月から1996年3月まで上海大学で中国語を勉強しました。初めての長期の海外留学で不安もありましたが、また当時はまだまだ物が十分にはなく停電もときどきありましたが(寮生活)、自然と慣れました。朝、昼、夜は中国人の学生と同様に両手にお皿(ホーロー製)と魔法瓶を携帯し、食堂まで歩いて行き、食事をするのが楽しみのひとつでした。バイキング形式ではありませんが、数十種類の料理がトレイに並べられており、味も決して悪いものではありませんでした。そして、授業の合間に時間を見つけては、バスを乗り継ぎ、郊外の農村まで足を伸ばし、筆談交えながら、簡単なフィールドワークをしました。とりあえず地域のこと(歴史や生活など)を理解することから始めることにし、道端で出会った人、田んぼを耕している人に声をかけるなどして、解放前のことやその後の大躍進、文化大革命時期、そして最近のことについて、話をうかがったりしました。
 意外だったのは、日本人である私に対して、「あそこの社長は…をやったほど勇気のある人でねえ」「この村では、当時、地主は他の農民ともうまくやっていた。吊るし上げることなんてなった」「うちの村長は隠れてニワトリを買っていて、それを売りつけていたので、あとでひどい目にあった」など、(ここだけの話のような)いろいろなことを教えてくれました。そうしているうちに、少しずつですが、地域のこともイメージできるようになると同時に、留学前に日本で学んだ、中国のイメージとは異なる印象ももつようになりました。費孝通(社会人類学者)や佐々木信彰・石田浩(ともに関西大学教授)の本に書かれていたことに影響を受けながらも…。今から考えると、この時期が、私の中国研究の出発点であったのではないかと考えています。
 その後、中国政府給付奨学金の試験に合格したことから(高級進修生として)、同年9月に復旦大学へ移りました。毎週、ゼミでは、中国語のレベルもまだ十分ではなかったことから、議論についていくのに大変でしたが、わからないなりにも、彼ら(多くは中国人学生)が遠慮なく意見を述べる姿や、新しい発見にも感動しました。また上海大学時期とは異なり、上海郊外農村での調査も時間をかけて実施できるようになりました。そして調査の度に、復旦大学の学生や現地の人たちなど、多くの方々が調査に協力してくれました。「感謝!感謝!」です。
 調査結果は、拙著(『周縁からの市場経済化』晃洋書房)にまとめていますので、詳しくはそれを参照してください。ちなみに主要な点を紹介すると、現在の中国の経済発展の凄さを私たちは感じ取っていますが、@その土台の1つは、当時(1960年代、70年代)の計画経済体制時期にすでに形成されていたこと、A都市部での生産活動が停滞している状況において、農村部がその代替的役割を果たしたこと、B都市部と農村部との連携に地縁・血縁的なネットワークが活用されたこと、C物不足の状況にあったにもかかわらず(逆にそうであったからこそ)、また制度が十分に確立されていたわけでもありませんでしたが、当時の人びとは、自ら生活や生業(生産活動)のあり方を工夫していたことがわかりました。そして、おそらく、そうした生産活動や工夫などは、現在の中国の経済活動のあり方にも活かされており、相対化(対外的にも)の可能性を持ち得ているのではないかということです。

【宮崎地域で学んだこと】
 10年間在籍した宮崎公立大学やその所在地域では多くの人びとと出会い、いろいろなことを学びました。たとえば、勤務先では、多くの職員が働いており(市から派遣など)、彼らを通じて、議会運営の仕組みや問題点などを教えてもらったことは、特に印象に残っています。当時は(赴任したばかりのとき)、市議会議員の政務調査費(政務活動費)の無駄遣いや不正支出の問題が発覚し、また百条委員会の設置も検討されるなど、市民からは厳しい批判が寄せられました。にもかかわらず、逆にそれに関わった、ある市議会議員は「領収書の偽造は、みんながやっていること」と、言い訳をするばかりで、自らの責任を認めようとしませんでした。これらのことを通じて、私は地方議会の役割や仕組みが一般の人にはとても分かりにくいものになっていること、そしてこのような問題が起こる背景には、議会・行政・住民(支持者なども)間に「もちつもたれつ」の関係があるように感じました(詳しくは拙稿『東アジア研究』第60号を参照)。
 一方、行政組織(市役所)内でも、毎年のように不祥事が発生しており(その度に市長や市の幹部が謝罪)、また最近では、宮崎市がその外郭団体に派遣している市の職員に対して条例違反をしてまで、手当を支給し続けていたことが発覚し、報道各社が大きく報じていました(『読売新聞』宮崎版2015年5月8日)。いわゆる、住民へのサービスを蔑(ないがし)ろにした、血税の収奪的行為と言えるでしょう。そのうち宮崎公立大学では、平成19年4月から12月までの9ヵ月間に合計2191万円の各種手当が、市から派遣されている職員(21名)に支払われていたことが明らかにされています。
 また、同地域には、「平和台公園」という名前の公園があります。そこには戦争中に国内外から集められた(略奪の可能性も)石材でつくられた塔がたっており、またその塔には戦争中、国民を動員するために用いられた“八紘一宇”という文字も刻まれています。そのことを巡って、これまで国内外から石材の返還やそれらの文字を取り外す要求などが県庁や関係機関に対して、何度か寄せられましたが、結局、担当部署(宮崎県)は「古いことなので過去の経緯は分からないし、調べようもない」などと述べるにとどまり、十分な説明をしませんでした(『東京新聞』2015年10月31日)。これらのことから私が学び得たことは、自治体が@必要な情報を住民に開示しないこと(見える化の放棄)、A仮に開示したとしても、その情報についての説明を住民に十分にしないことにより、本来の自治が形骸化(住民目線・感覚の欠如も)していくのではないかということです。ちなみに大阪市でも類似の事が発生したことがありますが、大阪市は都市公園法に基づき調査を行った結果、財産台帳に記載されていなかったことが判明したことから、もともとの所有者である中国へ(石像を)返還しました(その後、中国側が日中友好の証として大阪市に寄贈)。
 必要な情報を開示しないことや開示しても十分な説明をしてこなかったために行った悲劇は、宮崎市の管理する大学でも発生しています(複数回、勤務中に教員が倒れ亡くなるという事故が発生)。ご家族に対して、当時の学長(中別府温和氏)らは「労災は申請してもほぼ通る事はない」との説明をするだけで、その後も水際作戦や嫌がらせを行ったりしました。ご家族が労務実態や安全配慮を明らかにするように求めていたにもかかわらずです。やはり労働時間の適正な把握とともに、関係者への情報の開示・共有や説明などが不十分であったことが、事故発生の主な原因だったと私は考えています(組合を通じて、労働環境の改善を何度も要求したにもかかわらず、大学側は真剣にそれに取り組むことなく、当時の理事長で前副市長の金丸健二氏は、教員の担当コマ数の上限さえも正しく理解していませんでした)。逆に言えば、@Aのことが実現していれば、万が一問題が起こったとしても、それを最小限度に止め(ノーマリー・オフ)、あるいは地域(組織)内外から信頼ややる気をえることが可能となり、そのことが、より多くの人びとに幸福と利益をもたらすことができるのです。かつての東京電力やJR福知山線の事故と同様、日本の社会に共通する(科学的な根拠に基づき物事の本質を十分に検証しない)普遍的な課題が解決されずに、現在に至っており、再び同様の問題が起こることを否定することはできないともいえるでしょう。
 かといって、これらの地域にも、自らアンテナを張って、いろいろな情報を収集し、また独自のビジネスを展開し、生活上の工夫を行っている組織や人びととも、私はたくさん出会いました。たとえば、私が出会った、無農薬・無肥料で作物を栽培している農家の人(山口今朝廣氏)は、お金儲けではなく、如何に「虫のつかない野菜を作るか」を日々の目標にしています。ところが、いろいろと話をうかがっていると、その目標にたどり着くまでにも、過去の苦い経験(農薬や肥料を使うことで、人間にも自然にも負荷をかけることに対する反省など)や試行錯誤を繰り返していたことが分かりました。そしてその過程においても、山口氏はいろいろな外部者(他者)と出会い、そこからヒントを得ていたことも分かりました(詳しくは『経済学論集』龍谷大学第52巻第1・2号を参照)。独自の方法を生み出す人ほど、日々の努力や改善を怠らないということです。さらに山口氏のもとには、国内外から男性女性を問わず、多くの研修生が集まり、同氏のもとで農業の技術や考え方を学び、そこで得た技術や経験を携えて、また各地(故郷)へと旅立って行きます。山口氏の農園が一種の「共鳴場」となっているのです。分野は違いますが、アメリカのサイエンス型産業の興隆を成功に導いた、イノベーションを生み出す鍵である「知の創造」行為としての「創発」の要素や思想が山口氏自身やその農場にあるからではないかと、私は考えるようになりました。これも私が学び得たことの1つです。
 
【研究者として】
 最近、私が取り組んでいる研究・調査として、次のようなものがあります。第1に、中国農村の貧困問題に関する調査・研究を貴州省社会科学院の協力の下で実施しました。具体的には同省雷山県の農家を対象にして、アンケート調査や聞き取り調査を行い、その実態を把握するとともに課題などを検討しました。そしてその成果を『中国の貧困緩和における財政的支援と貯蓄水準の効果:実施期間2010年4月〜2013年3月』(日本学術振興会、科学研究費・基盤研究C研究成果報告書)にまとめました。ちなみに同県では、かつてJICA(国際協力機構)による技術協力プロジェクトが実施され、特に寄生虫感染や婦人病予防については、大きな成果が得られました。また「千戸苗塞」と称する少数民族の住居があり、そこを拠点とした観光地化やそれによる住民収入の向上も実現しましたが、一方ではその恩恵を受けない住民との軋轢や出稼ぎ者(多くは若者)の増加による村落崩壊といった課題もでてきています。こうしたアンバランスな活性化策を修正するためにも、住民の声を参考にしながら地方政府がその仲介役の機能を発揮することが求められていると思います。
 第2に、中国社会科学院の研究者と共同研究を実施し、日本(山口県)と中国(四川省)での生活改善の取り組みを比較考察しました。そして、その成果を『中国農村における生活改善に関する研究:実施期間2012年4月〜2014年12月』(日本学術振興会、二国間交流事業・共同研究成果報告書【研究代表:堀口正】)にまとめました。戦後日本の農村で取り組まれて来た「生活改善」の経験は、途上国の農村開発を進めていくための手がかりとして、最近、国内外から大いに評価されていますが、今一度、その経験や役割を検証する目的で、山口県と四川省の農村で調査を行いました。課題なども多数みつかりましたが、これらの地域において、各農家が工夫や改善を積み重ねていることが分かりました。
 第3に、2016年4月から「中国内陸地域の過疎化の現状と要因に関する社会経済学的研究:実施期間2016年4月〜2019年3月」(日本学術振興会、科学研究費・基盤研究C)を実施しています。日本での研究成果を参考にして、中国の過疎化の状況と要因について、甘粛省を中心にして、調査を行う予定です。

【教育者として】
 近年は、グローバル化の一層の進展により、特にアジアなどの地域の歴史、政治、経済、産業、経営、社会、文化およびそれら以外の国・地域の諸問題をグローバルかつ地域(グローカル)的観点から学際的に研究することや、アジア地域の特徴を理解し、この地域の将来を担う人材を育てていくことは、喫緊課題になっています。またこれらの課題にこたえていくためには、@アジア地域における諸問題を的確に把握し、解決することのできる能力、A状況に応じて思考できる能力、B国際社会で通用しうる語学能力が必要かと考えています。
 具体的には、現在のアジア地域(中国・韓国・日本など)には、いくつかの問題――歴史認識の共有、領土問題の解決、経済協力や女性の社会参加の促進、貧困解決など――があります。またこれらの地域には、それぞれ多様な価値観が存在しているため、これらの問題を解決する際には、お互いの利害関係を調整すること以外に、これら価値観の違いを超えて、問題解決をはかっていく必要もあります。
 私自身、30年あまりの間、中国などのアジア地域で調査研究を実施してきましたが、第1にそうした私の経験や能力を通じて、現場(国際協力や農村開発プログラムの実施現場)で実践活動を行い得る学生を育てていくこと。第2に、成長志向の社会・経済観ではなく、脱経済開発(国家や民間セクター中心ではなく、コモンズ(共)の役割も)の重要性とその役割を学生たちに紹介するとともに、その含意をお互いに議論し、活かしていく場を積極的につくっていきたいと考えています。

【みる・きく・はなす】
(大阪府議会本会議を傍聴して)
 2016年6月2日、私は大阪府議会本会議を傍聴しました。数名の議員が質問にたち、それぞれ約20分の持ち時間で、各種各様の質問を行いました。そのうち、ある議員は熊本地震で被災された人びとに対する罹災証明書の発行が大幅に遅れ、そのことによる混乱や住民からの不満が噴出したことを指摘した上で、今後仮に、南海トラフ地震などが発生した際に、同様の混乱が起こらないために、大阪府はどのような対策をとっているのかを質問しました。それに対して、危機管理監(行政側)の女性は、専門家や経験者を招聘して、災害時においても十分に調査を実施できるノウハウを学習し、対応をとっていると答弁しました。私はそれを聞いて、抽象的で形式的な答弁だと感じました。
 1995年には阪神淡路大震災が発生し、大阪府下でも被災した家屋や住民が少なからずいたこと。また2011年には東日本でも大規模な地震や津波が発生したことは、記憶に新しいにもかかわらず、行政側の答弁は、何か危機管理に対する意識が乏しいと言わざるを得ませんでした。少し調べてみればわかることですが、たとえば、東日本大震災では、原子力災害による警戒区域に指定され、現地確認ができない状況のなかで、本来は住家の被災程度を証明するための“建物”に対して発行する罹災証明書が、被災した“個人”に対して発行されたことがあります。これは証明云々よりも、災害発生時における被災者の身の安全と生活をまもるための参考事例となりうるものとして、大いに評価すべきものだと言えると思います。付言すれば、上記でも紹介しているように、“条例違反”をしてまで、市派遣職員に手当を支給することができるのであれば、熊本地震の被災者の身の安全と生活をまもることが優先される状況下では、尚更、罹災証明書を発行すること(個人に)は容易であったのではないでしょうか。
 質問にたった議員も、この点をしっかりと認識していれば、答弁した管理監の危機意識をより引き出すことは可能であったはずであり、内容のある本会議になったのではと考えています。
(沖縄独立の議論を聞いて)
 2016年6月26日に、関大前のスタジオシチズンで松島泰勝氏と下地真樹氏が「琉球独立論と日本社会」と題して、対談が行われました。対談の様子は、ネット中継(ライブ)も実施されました。冒頭、松島氏は琉球独立について説明と自身の見解を述べ、またイギリスのEUからの離脱についても、意見を述べました。
 その後、下地氏が、松島氏の考え(琉球独立)に対してコメントを行いました。具体的には、まず、琉球の問題を琉球の人だけが関心を持ち、考えたりするのではなく、日本人全体の問題として考えていく必要性があるのではないか。一方、仮に琉球独立を考える(考えざるを得ない)ことが必要であるならば、その背景には、以前から琉球で生じていた問題に対して、日本政府は解決の努力を行ってきたか、あるいは無視してきたことからも明らかなように、日本人ひとり一人が日本の社会を変えていく(日本政府への異議申し立て)ことが非常に困難になりつつあることなどを指摘しました。原発事故発生後、福島から海外に移住する人が増えてきており、そのことも選択肢(異議申し立て)の1つとなりうるといった見解も紹介されました。つまり、いま琉球で起きていることと類似のこと(政府と人びととの関係)は、その他の地方でも起きていることから、琉球の人びとも、琉球以外の人びとも問題意識を共有していく必要があるのではということでしょう。
 対談の後半部分では、会場の人びととの活発な質疑が交わされました。たとえば、司会者自身も自ら質問を行いました。その内容は、逆に独立することによって、(琉球が)悲惨なことになるのではないか。また琉球独立により、アイデンティティが一層強調されるあまり、より対外的(対地域外的)に閉鎖的になりうるのではないかといったものでした。
 これらの質問に対して、松島・下地の両氏はパラオの事例をとりあげ、一定程度の制限(外資受け入れなど)を設けることで被害(悲惨さ)を抑えることが可能ではないか。アイデンティティの問題についても、琉球の独立後も日本との関係を継続することは可能であり、(現状と比べても)それ以上に、琉球自体の選択肢が増えることで、より多様性を活かした社会・地域づくりが可能になるのではと述べました。米軍基地の問題も直接アメリカ政府と交渉もできるのではとも。
 アイデンティティの問題については、下地氏がとても興味深い考え----同氏は、アマルティア・センの『アイデンティティに先行する理性』(関西学院大学出版会)の内容を紹介した上で、個々のアイデンティティよりも理性を優先することができれば(たとえば琉球人であるといったアイデンティティ以外にアジア人としてのアイデンティティを両立あるいは尊重できれば)、国家という枠組みを超えたつながりも可能ではないか----を述べていました(最近の台湾ナショナリズムの変化は、とてもよい事例になるのではとも)。このことを聞いて、私は『日本と中国、「脱近代」の誘惑』(太田出版)でも、同じようなことが指摘されているのを思い出しました。同書によれば、当時、政府が国民に十分な説明をせずに自由貿易協定を締結しようとしたことから、それに反対する学生や国民が政府に対して抗議行動を行いました(「ひまわり学生運動」といいます)が、その後、台湾政府は彼らに対して説明責任(権力の分け合い)を果たすことを約束したことで、この対立がおさまったとしています。私は、仮にこのことが真実であるならば、琉球の独立を考える上でも、とても参考になる事例であると思いました。
(豊中市議会本会議を傍聴して)
 2016年6月20日、豊中市議会本会議が開催されました。当日は自民党や共産党の議員が質問にたちましたが、いずれも行政側との議論がかみ合っていないか、思考停止的な議論のような印象を受けました。たとえば、第1にある議員は(伊丹)空港を活かしたまちづくりについての質問を行いましたが、それに対して、行政側は伊丹空港の国際線廃止後、経済面でのメリットは減少していることから、京都や神戸などの観光地への中継地としての役割を強化させることが望ましいとの答弁をおこないました(都市活力部長)。ところが実際には、関西国際空港や地方空港を経由して、伊丹空港に降り立つ観光客(外国人)も増加していることから、そのような観光客に楽しんでもらえるような地域づくり(国際都市・とよなか)を目指すことも可能ではないかと考えます。たとえば、空港周辺地域に「経済特区」を設置したり、市内バスチケット・フリー-WiFiサービスを行うなど。
 第2に南部地域のまちづくりについても、何人かの議員が質問に立ちました。そのうち庄内出張所の機能の一部を阪急庄内駅前のオフィスビル(旧三菱東京UFJ銀行の建物を4億の予算を支出し購入済)に移転する計画についての質問に対して、行政側(市民恊働部長)からは、住民の反対も多く、再検討を行っているとの答弁がなされました。私自身もこの地区を視察したことがありますが、むしろ現在の庄内出張所をより活かしたまちづくりをした方が、コストもかからない上に、住民からも歓迎されるのではないかと感じました。このようなことにならないためにも行政側は、まずは住民側の要望を確認し移転の必要性を説明する必要があります。この点について、浅利市長も見通しのない建物の活用計画であったことを認めています(豊中市議会だより2016.11)。
 第3に豊中市の人口動態や子育て環境について質問した議員も何人かいました。少子高齢化がすすむ同市でも、少子化と高齢化対策は喫緊の課題ですが、行政側の説明(教育監やこども未来部長)は、その因果・関係を精確には捉えていないものでした。たとえば、まず少子化の要因として、@経済発展や女性の社会進出が促されると、人口法則(人口転換など)を通じて、子どもの数(出産数)が減少する方向へと傾斜していきます。またA若年層への雇用が減少(非正規雇用も)することで、収入減➡未婚率の上昇・晩婚化が誘発され、子どもの数が減少するといった、悪循環に陥ります。中国の“一人っ子政策”は、まさにこのような循環を利用したものと言えるでしょう。であるならば、少子化を回避するためには、これらの循環を断ち切る政策や環境設定が必要になります。しかしながら、残念ながら行政側の説明は、このような認識にたったものではありませんでした。また、事後的な対策として(子育て支援)、@出産一時金支給、A医療費の免除、B奨学金の貸与、C保育所の整備(その無料化)などがあげられます。残念ながら、豊中市は他の自治体と比べても、これらのことを十分に行っているとは言えません。庄内駅前のオフィスビルを購入する余裕があるのであれば、医療費や保育料の無料を行うなど、本気で子育て支援を行う仕組みを作っていく必要があるのではないでしょうか。
(ハウジングファースト国際シンポジウムに参加して)
 2016年11月6日(日)午後1時から大阪証券取引所ビル内の北浜フォーラムで第2回ハウジングファースト国際シンポジウムが開かれました。パスカル氏(Pascale氏)、竹端氏の基調講演が行われ、そのあと休憩をはさんで野村恭代氏・稲葉剛氏らによるリレートーク、そしてパネルディスカッションなどが行われました。日本ではまだ聞き慣れないことばかもしれませんが、ハウジングファースト(住まうことからはじめる)が生活困難者や路上生活者の生活安定に如何に重要であるのかが、専門家や今回シンポジウムに参加された方々をまじえて議論されました。
 基調講演を行ったパスカル氏や竹端寛氏によれば、日本は先進国のなかでも、精神病院における病床数が多いこと、かつ患者の入院日数が極めて長期に及ぶことなどが特徴であるとしたうえで、たとえば、入院期間が5年未満の患者数は全体の約2/3を占め、20年以上の入院経験のある患者も8%にも達するということを指摘していました。これはEU諸国のイタリアやドイツと比べて、逆の方向(入院患者を増やす)にあるとも述べていました。
(過労死シンポジウムに参加して)
 2016年11月15日の午後6時半より大阪市中央区の「エルおおさか」で、“緊急シンポジウム「なぜ電通過労死自殺事件は繰り返されたのか」”が開かれました。弁護士の松丸正氏、関西大学名誉教授の森岡孝二氏らが事例を紹介しながら、過労死が生じる背景や解決方法(再発防止策)などを報告しました。
 電通事件の紹介の中で印象に残ったのは、長時間労働はもちろんのこと、自殺に追い込まれた社員は上司などから飲酒を強要されたり、たびたび嫌がらせ(パワハラ)をうけるなどしていたことです。また電通では、過去にも過労自殺事件が発生していたことです。
 松丸氏によれば、原因として、@労働基準法の「岩盤規制」が崩れていること、A過労死ラインを超える三六協定が締結されていること、B労働時間の適正な把握がサボタージュされていることにあると説明しています。特にBが重要であるとも。一方、仮にBがサボタージュされていても、本人が使っていたパソコンの使用記録や警備員の警備記録が残っていれば、一定程度の労働時間の把握は可能であるとも述べていました。
 一方、シンポジウムには過労で亡くなられた家族の方も出席され、本人が亡くなる前の様子や亡くなった後の会社側の対応などについても報告されました。そして「自分のことは自分で守りなさい」と子供たちに伝えると述べていたことがいまでも心に残っています。なぜならば過労死は“自分のことは自分で守れなかった”から発生したのではないのかと思うからです。法定労働時間が守られた上で、何らかのミスや勘違いが発生したのであればまだしも、上記の@ABが放置されているのであれば、それは本人ではなく、組織や社会にこそ問題があると見るべきではないでしょうか。
 最後、質疑応答の際に「過労死がどれだけの悲しみをわたしたちにもたらすのかを本気になって考えるべきではいでしょうか」と発言された方がいました。社会は弱い立場にある労働者や国民を守る仕組みをつくる。会社は社員を大切にし、幸せにする仕組みをつくる。命を犠牲にしてまで、経済成長を追求する社会のありかたを真剣に考えていかなければならなのではないでしょうか。私たち一人ひとりに突きつけられている課題です。
(大阪府豊中市の国有地売却問題をめぐって)
 2月9日の朝日新聞記事を発端として、豊中市の国有地売却の問題が発覚しました(同じ規模の近隣国有地の10分の1の価格で「森友学園」に売却)。その後の動向を観察していると、@近畿財務局が売却額を非公表にしたことに対して、地元豊中市議がその決定を取り消す訴訟を起こしたことや小学校の認可について、A安倍首相や妻の昭恵氏の同問題への関与の有無、B森友学園の教育方針や韓国・中国人への差別的な発言などがあきらかになり、報道機関によって紹介されました。
 @について、時系列のながれから確認すると、2010年に豊中市は国から物件a(現在は公園)を14億2300万円で購入しました。2012年にある学校法人が同物件の西隣の物件bを地中埋設物処理費用2億2500万円を含め5億5800万円で購入することを申し出ましたが、国はそれを受け入れませんでした。2016年に森友学園が国から同物件bを1億3400万円(10年間の分割払い可能)で購入しました。2017年に豊中市の議員がその(金額非公表の取り消し)公開を求めて大阪地裁に提訴しました。そして、同年3月の議会で、同議員が豊中市に対して、物件bを購入できなかったことを質問しましたが、市側(都市計画部)の回答は市の財政状況を勘案した結果、同物件bの購入を断念したというものでした。
 また小学校の認可について、大阪府内でのやりとりをまとめると、以下のようになります。まず2012年に借入金があった森友学園でも小学校を設置できるように規制緩和を行いました。その後、2014年に同学園が小学校設置の申請を行った後、大阪府と近畿財務局が連絡をとりあった上で、2015年に大阪府私立学校審議会がその設置を「条件付き」で認可しました。ところが、2016年に大阪府の松井知事はその設置認可権限を教育長に委任しました。つまり、認可について、現在知事は責任を負わないことになっています(渡辺氏のブログ)。そして、現在その認可を行うかどうかを検討しているようです。
 当然、これらのことも重要であると思われますが、腑に落ちないのは、学校側、政府・自治体が地元住民に対して、同学園が小学校を開校する旨や計画などを十分に説明していないことです。最近でも、他にも、大阪府阪南市の「総合こども館」整備計画、豊中市の出張所移転計画(上記参照)なども住民に十分な説明をすることなく計画が進んだために、その後、住民による反対運動が起き、計画が頓挫するといった例をあげることができます(行政側と住民間での対話の欠如)。
 話はもどりますが、国有地売却の問題について、政府・自治体、住民らが考えないといけないことは、前者(政府側)は十分な説明責任を果たし、住民が意見を言う余地をつくっていくということ、言い換えれば、住民による異議申し立てを政府・自治体が許容する社会をつくっていくことといえるでしょう。

Information
■研究テーマ/Research theme
 地方(地域、組織・企業など)の活性化、生活改善、非市場経済的しくみなど
■担当科目/Subjects in charge
(学部:faculty)
 社会開発学、地域経済論など
(大学院:graduate school)
 社会開発学特論など
■最近の主な著書/Recent Books
(単著:Books)
 堀口正[2015]『周縁からの市場経済化―中国農村企業の勃興とその展開過程―』晃洋書房、2015年6月。
(共著・分担:Book Chapters)
 堀口正[2016]「第2章 白酒製造業の変容と茅台集団」佐々木信彰編著『現代中国の産業と企業』晃洋書房、2016年10月。
■最近の主な論文/Recent publications
 堀口正・曹瑾[2016]「中国農村過疎化に関する論点と課題」『東アジア研究』大阪経済法科大学アジア研究所、第65号、15〜34頁。2016年3月。
 堀口正[2016]「人口(動向・要覧)」『中国年鑑:2016年版』明石書店、2016年5月。
 堀口正[2015]「中国・知識青年の下放(上山下郷)運動とその役割―上海市農村を事例にして―」『東アジア研究』大阪経済法科大学アジア研究所、第63号、47〜63頁、2015年3月。
 堀口正[2015]「人口(動向・要覧)」『中国年鑑:2015年版』毎日新聞社、2015年5月。
 堀口正[2014]「序章 日本の生活改善事業を中国に導入する目的・意義」(平成24-26年度国際交流事業・二国間共同研究成果報告書『中国農村における生活改善に関する研究』)日本学術振興会、1〜08頁、2014年12月。
 堀口正[2014]「第5章 中国の貧困問題−これまでの貧困緩和政策の考察を通じて−」同上、73〜88頁、2014年12月。
 堀口正[2013]「一村一品運動の起源とその発展過程」『経済学論集』龍谷大学、第52巻第1・2号、2013年3月。53〜69頁。
 堀口正[2013]「第1章 中国の地方財政構造の変容」堀口正編『中国の貧困緩和における財政的支援と貯蓄(資産)水準の効果』(科学研究費基盤研究C、成果報告書)、5〜20頁、平成25(2013)年3月。
 堀口正[2013]「第2章 世帯農家の収入支出と貯蓄構造」堀口正編『中国の貧困緩和における財政的支援と貯蓄(資産)水準の効果』(科学研究費基盤研究C、成果報告書)、21〜35頁、平成25(2013)年3月。
 神澤和敬・堀口正[2013]「地方議会の役割と課題−宮崎市議会議員の代表性・主体性と政務調査費制度の考察を通じて−」『東アジア研究』大阪経済法科大学アジア研究所、第60号、2013年12月。1〜14頁。
■学会活動/Membership in Academic Societies
 国際開発学会、アジア政経学会、日本現代中国学会
■社会貢献/Social contributions
・みやざきウナギ安全安心推進委員会 委員
・宮崎県自治学院 講師
・放送大学 講師
・宮崎県綾町との提携事業推進活動
・宮崎山形屋(商業施設)での社会貢献活動
・宮崎県下の農産物直売所、道の駅での顧客満足度調査・特産品開発活動
・日本貿易振興機構(アジア経済研究所:IDE)研究会 委員
・国際貿易投資研究所研究会 委員
※以上、継続中も含む。
■受賞/Awards
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周縁からの市場経済化

中国経済論


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